2017年5月14日 (日)

今回の布風景

母の日、ということは5月14日。
、ということは、
あと4日。(いえいえ、独り言ですw)

今日は、今回の春夏服につかっている布のことを少し書きます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こちらの作業風景2点は、今回バティック制作をしてくださった植田有加さんが染色を依頼している工房のもの。(有加さん撮影)

大きなストライプと小さなストライプを組み合わせたデザインは有加さんのオリジナル。

コットンプリミシマを3mずつにカットして、こんな風におおらかな配置で描いてもらいました。

P_20170206_150807
バティックは蝋を落とす時に高温のお湯を使いますが、こんな風にドラム缶使っているんですね。

P_20170206_150944
そして、出来上がってきた3配色のストライプ。

染め上がりがそれぞれちょっとバラバラですが、バティックらしさが夏色のストライプに。

右側は深みどり。この色、なかなか素敵に出来上がりました。


Img_0532_800x595
ストライプonストライプ、つくったのが下の写真左のパレオスカートです。

タイの部分は同じ色に染めてもらってみました。

プリミシマの無地染め、はじめてですが、なかなかです。

機械で染めた無地と比べ不均一で、それなりの味があります。
(ムラになっちゃっている部分は外して裁断、という手作業だからできるんですが。)
右のサックボトムは、その無地染めのもの。
オレンジ色は、下の「ピンギル」というシリーズの色のひとつなんです。

Img_0406_960x1280
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


DMの写真を撮るとき、スタジオ内はこんな風になっています。(笑)

私はカメラをまっすぐに固定しながら右だ左だ、上だ下だ、と。(笑)

あ、それで、オレンジ色の由来が左のスカートの色です。

Img_0583_800x600

ピンギルのシリーズは、有加さんのもとの作品のそのままリピートしてもらいました。

「ピンギル」とはインドネシア語で「端」という意味。

普段はサロンやサリーの裾に来る端の部分に使う細長いチャップ(版)を、あえてメインの柄にしたものです。

上はブルーとオレンジ色のコントラストがまるで太陽と海、みたい。

とても鮮やかで印象的な作品です。
さて、この布で、どんな服を作るか、ですが、
一旦はやはり、布の大胆さを贅沢にたっぷり使って作品っぽいものを作りたくなるのですが、
やはり普段に少しでも着やすいものにしないと、タンスの中に仕舞われてしまいますから。

ごくシンプルなスカートとパンツにしました。


Img_0634_600x800
ピンギルのもうひと作品は、こげ茶系黒と朱赤のひし形図。

今回は染色の具合から漆黒と真紅にて出来上がってきました。
これもまた、目が覚めるようなはっきりとした配色です。

有加さんの個性が素直に布に溶け込んでいて、素晴らしい布ワークだと思います。

しかし、切ります!w
Img_0633_600x800
ありそうでない、「端っこ」の世界。

ストライプ3反、ピンギル1反。

ほか、今回も自分で切らなきゃの布がいっぱいで、2月から先は鋏を握りっぱなしの日々でした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらはチョックさんのペジェン・バティックの作品。

上はオーガニック・トゥバンコットンに染め上げたもの。

インディゴと白抜きが部分でオポジットになっています。こういう構図は服向けなんです。
つくったパンツは、左右の配色がオポジット。
1反からぎりぎり2点のパンツが取れました、めでたしめでたし!
(これが半端だとお値段がとても高くなってしまうんです。)

下は、同じ生地が終了してしまったとのことで、広幅のコットンキャンバス地にソガン(赤茶色)とインディゴです。
Img_0251_960x1280
服地として、ここまで大きな柄、これまであまり使ったことがなかったかもしれません。

でも有加さんのバティックと一緒だとなじんでしまう。(笑)
さぁ、これも切りました。
下のキャンバスはちょいとはぎ合わせが入りましたが、1クロスから3点のイカットスカートができました!
Img_0687_599x800
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ブルー系が相次ぐ今回ですが、

ブルーついでと言ってはなんですが、普通のチェックもあります。(笑)

ルンギです。

インドに旅に出たsinduさんが買ってきてくれました♡

嬉しい!大好きなルンギ!

インドの男性の腰巻布。なぜかブルー系が多い。
Img_0698_800x600
大変色が出るので、洗濯機で3回ほど強く洗ってから仕立てます。

格子、チェックって、やはり庶民の布でしょうか。
カンボジアのクロマー、西ベンガルのガムチャ。イギリスのタータンチェックは少し違う趣ですが、アジアの格子、素朴さが愛らしくいつも大好きです。
布がこれほど素朴だというのに、こういう濃ゆいラベルが競い合うようにして貼ってあります。(笑)
Img_0697_800x600
真ん中の赤いラベルの模様が何なのか。

ルンギで仕立てた服、各一枚ずつ模様いろいろ、作品展まで、お楽しみにです♪
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ほかにも、ベーシックなリネンで着やすいおすすめ服を

いろいろつくってみました。

さーて、もうそろそろ最後の検品が始まります。

| | コメント (0)

2015年11月 2日 (月)

Thread of Lifeのイカットたち

UBUD Writers Festival 2015という国際イベントの中で、
Thread of Lifeの代表ウイリアムさんが1時間のレクチャーをするというので
行ってきました。
ライターズ・フェスは、UBUDの老舗CASA LUNAのジャネットさんが自伝を書いたのち、
彼女が中心になってもう何年も前から続いているもの。
回を重ねるごとにより広範囲から作家たちが集まり、なかなかレベルの高い内容に
なってきているようですが、今回はインドからの参加作家が目立ちます。
ベンガル出身の若手作家がジャムダニ織の素敵なドレスを着て出席していて、
嬉しい時代になったものです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今回、UBUDにある布のギャラリー、スレッドオブライフが
フェスの会期に合わせて企画展を開催中。
そしてウィリアムさんが布のレクチャーもするというので、
作品展に向けてまっしぐらの週末に(!)、時間を捻出して
聞きに行ってきました。
Img_0200
こちらはグリンシン。布好きの皆さまの中にはご存知の方も多いでしょう。
バリの先住民族「バリアガ」のダブルイカットです。
ウィリアムさんによるとダブルイカットは世界で3か所しかつくられていない。
バリのトゥガナンのほかは、インドのグジャラート州に2つのコミュニティと、あとは沖縄。
……、とのこと。確かにそうかもしれません。
私はその3か所とも訪れていながら、
1つもダブルイカットを持っていないことに気が付きました。
何でだったっけ? あ、そうか。
切ることが出来ないレベルの布はなるべく買わないことにしているからでした。
Img_0205_2
この繊細な織りは、カリマンタンのダヤック族のもの。
ああああ、もう、本当に素晴らしい。 人垣の間から写真撮るのが精いっぱい。
Ikat
インドネシアでは、バティックが大きく評価されていますが
(世界遺産にも登録されたのだから当然と言えば当然ですが)
こうした絣織の幅広さと技術の高さ、美しさも、世界では群を抜いています。
スレッドオブライフは、それぞれの産地の織り手を支援しながら本当に質の高いものを
コレクションしていて素晴らしい。
3番目のは、インドネシアにインドのダブルイカットが影響をしたころの模様だそうです。
何とスンバ島でつくられたものだそうです。
(スンバ島のイカットは具象柄が有名です。)
写真はレクチャー終了後、布を引っ張り合うお客さんの手の合間で撮りました(汗!)。
この吉祥紋のような模様は正倉院御物にもありますね。
イカットの奥深さは、マニスとしては未体験なのですが、
まさかこれは切れないレベルのものばかりなので、これから先も見るだけです。(キッパリ。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こちらがそのギャラリーです。
企画展開催中。
こちらはスンバ島のもの。白く抜いた無地紋が美しい。
手前の小さいのも美しい。あぁ、全部ほしくなる!!!
19
その下のは、確かスラウェシ島のもの。赤の部分が力強い。
幾何学模様の中に祈りが込められているかのよう。
22
その下のはインディゴだけで染められたもの。ブルーの世界も美しい。
印象として、海の民はインディゴ系、森の民は赤茶系を感じます。
23
今回はとても繊細な編み目のバスケットが特別参加。
どうやってこのパターンを編んでいくのか。フロムカリマンタン。
これ、買いましたよ!(笑) 壁にかけて庭の葉っぱを生けるのじゃ。

20
さぁ、それでは今日も遅れ気味の仕事を今から。
スタジオへ行ってきまーす(笑)!






| | コメント (0)

2015年7月 8日 (水)

日本絹の里 2

しばらく間が空いてしまいました。

何でももうじき台風も来るそうな。

急いで(台風とは関係ないが)続きをどしどし入れていきまーす。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「日本絹の里」の続きです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

展示室には、古代からの養蚕飼育のため創意工夫された家や道具の模型がいろいろ。

なかでも家の造りはやはり面白い。

上州はほかに例を見ないくらい屋根のかたちが多様なんだそうです。

石を置く「板屋根」や、「草屋根」、寄棟造りの一部を切り落として採光を取り入れたもの、切り落とした部分に別の小さな屋根で覆ったもの。ほとんどは屋根裏で蚕を飼育するための工夫なんですね。

通風を工夫し屋根に換気用の越屋根をつけた江戸末期の「田島弥平旧宅」。

通風と温度調節を取り入れた蚕の飼育法を開発し広めた高山五郎氏の「高山社跡」。

これらは富岡製糸場とともに「絹産業遺産群」として世界遺産登録されたそうです。

もうひとつ遺産群に登録されたのが「荒船風穴」(あらふねふうけつ)。

上信電鉄の終着駅下仁田からタクシーでしか行けないような秘境らしい。

Img_5805風穴とは岩の隙間から吹き出す冷気を利用したもの(いわゆる天然の冷蔵庫)で、ここに蚕種(蚕の卵)を補完することで、それまで1年に1回初夏のころにしかできなかった養蚕が複数回できるようになったのだそうです。

電気の冷蔵庫が出現する前に、こんなことをやっていたんですね!

蚕紙(さんし)というのも初めて見ました。蚕種がたくさん産み付けられた紙で、カレンダーの裏やお菓子の箱?のような厚紙です。

http://www.papermuseum.jp/guide/vol10.html

この蚕紙が、ひところの日本の輸出第2位だったそう。

世界から増産が求められた時代に、こんな創意工夫で質と量をぐいぐい上げていった日本人のセンスは、やっぱりすごいです。

荒船風穴、次回は是非行ってみたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

蚕は桑の葉を食べますよね。繭になる直前の最後の1週間に、それまでの5倍くらいの量を急に食べるようになるので、その頃になると養蚕農家の方々は夜通しのお世話になることもあるそうです。

昔は桑を育てながら天候や流行病に振り回され生産が安定しなかったそうです。

それで今では人工飼料も開発され、病気に強く繭玉が大きなものが交配されたF1種もあるそうです。

Img_5725日本の蚕とヨーロッパ種を交配させたものが多いようです。

ぐんま200はすごく大きな繭玉で、艶があってきれい。人気がある種類だそうです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

蚕を飼い繭を取るところまでが養蚕農家、取れた繭から糸を引き製錬(表面のセリシンという固い部分を除去)して、均一に撚りをかけるのが製糸場の仕事でしょうか。

Img_5723いまではもちろんオートメーション化されている製糸業も、もっともニーズがあって利益も大きかった時代にはすべてが人の力で支えられていました。

アメリカではすでに機械化され力織機が中心だったので、強く切れにくい日本の品質が人気だったそう。アメリカでシルク? 学芸員さん曰く、

「まぁ、たいていはストッキングですよ。ナイロンのができる前の。すごく流行ってたみたいです。」

なーるーほーどー。

それは確かにシルクのニーズが高かった事でしょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本の蚕はずっと古代から野生で自力では生きていけないような栽培型(家蚕)。

その他世界中にはシルクを取ることができるいろいろな種類の昆虫がいます。

でも、こんなに種類があるとは!

Img_5724インドのムガ、エリ、タッサーはマニスではおなじみですが、そうそう。インドネシアにもクリキュラという品種があります。

ジョグジャカルタの王室が育てて織物を作っている、黄金の繭とも呼ばれている種類です。

「ロスチャイルドヤママユガ」、って、笑った!

日本だけの品種もけっこうありますね。

そうそう、思い出しました。マダガスカルのボロセラ。

マダガスカル島に生息するボロセラはマツケムシの仲間で害虫であるが、この繭から作られた絹布は、死者を包む布として有名である。世界にはいろいろな野蚕が生息しており、家蚕にない特徴ある野生絹糸が生産されている。蚕が家畜化に伴って失われたもの、すなわち、大量生産に不向きな不揃いや個性などが、野蚕系の繭糸に残されている。それが大衆化されないシルクの魅力を創出し、希少性と環境保全にもからみ高付加価値をもたらしている。                   「繊維と工業」Vol.63,No.9(2007)から抜粋

見たことはないのですが昔ブルータスに出ていてずっと記憶に残っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

シルクの歴史は5000~2000年。

ウールは紀元前3000年、シュメール人たちがすでに利用していたらしい。

植物繊維の麻は1万年以上。

ウールと植物繊維はまたいつか掘り下げるとして

シルクはいったいどうやってそこから糸が取れてきれいな織物にできることを見つけたのかが、不思議です。

長らく中国の宮廷内で秘密にされていた、それがだんだん外へ伝えられるようになった、という説もあるそうです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まだまだ奥深いのですが、絹のお勉強ここまでにします。

またいつか再開したいと思います。

翌日は真鶴へ向かいます。

| | コメント (0)

2015年7月 4日 (土)

日本絹の里 1

携帯のインターネットを屈指して調べた

高崎市にある「日本絹の里」、

なんと2時間に1本しかバスがない!

でもそのバスに乗っていくしかないみたい。

朝からバス会社に電話して、絹の里にも電話して往路と復路をフィクスして

出かけました。

前橋駅から所要30分なので遠くはないのだけど、

とても遠くへ行った気分。

Img_5665
きょうはあんまり写真がなくて、書き込みが中心ですヨ。

日本の絹産業についてこれまでの疑問点を、絹の里の学芸員さんに徹底的にインタビュー(笑)。

もちろんアポなしの突撃ですが、

学芸員さん、とても詳しく展示を見ながら解説してくれました。

(その方とサヨナラした後にも別の学芸員さんが出てきてくださり、最後は入場口の方がバス乗り場まで案内してくださり、すっかりお世話になってしまいました~。ははは。)

前回前橋に行ったとき、新幹線が県庁所在地の前橋ではなく高崎に留まるのが、何となく気になり群馬県の歴史をちょっと調べてみたことがきっかけです。

http://ateliermanis.air-nifty.com/blog/2015/05/post-48fb.html

絹産業ってすごく大きな産業だったんだな、と。

社会科でどう習ったかはすっかり忘れましたけれど

これまであまり知らなかった事が多い気がして、今回はじっくりお勉強です。

以下「」内は学芸員のFさん談。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本の養蚕と絹織物は明治の絹産業よりもはるかに前に始まっていたと聞いたことがあります。

絹は朝鮮半島、中国からの輸入だと思っていましたが、

どうやらとても古い時代から作り始められていたようです。

「正倉院に収められている御物の中に752年に収められた絹織物があります。日本ではもうその頃に養蚕は始まっていたと考えられています。中国では紀元前2000年前から始まっていたそうですよ」

「上州こと群馬県は、太田市などに前方後円墳が残っています。弥生系の渡来人のなかでかなり位の高い人たちが入り込んでいたと思われます」

Img_5666

「なぜかというと、この辺りは貝塚も出るようなところがたくさんある。利根川あたりまで当時は海だったんではないかと」

東京都、埼玉県はまだ海の底だったのかも、という説です。

「山に囲まれ平地が広がる上州は、縄文系の人たちがどんどん南下してくるのを防ぐための要所として使われた可能性があります」

このところ縄文系と弥生系の人相とかが少し比較され始められていますけれども、

教科書では縄文時代=石器時代で竪穴住居、弥生時代=埴輪文化で高床式住居、と、時代が変遷したように習ったので、二つが違う人種だということを私も大人になってからはじめて知りました。

そういうわけで、群馬県には古代からかなり高度な文化的なものが入り込み、養蚕も当然それとともに入ってきたのではないか、とのことなんです。

ふむふむ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以下は別の本からの抜粋です。

「絹をつくる技術は中国発祥で5000年位前からと見られています。

日本には3世紀末に書かれた魏志倭人伝に「蚕桑」という言葉が出てくるので、大体2000年位前からの歴史と見られているようです。

大化の改新後は税金の一部として絹織物が貢納され官人の給与の一部として支給されていました。絹が社会の重要産物であったことが分かります。

その後武士の世の中になると、質素を旨とすることになり絹は減少。

室町・安土桃山時代に茶の湯・能の隆盛で袱紗や衣装にふたたび絹の需要が増えました。

そして江戸時代になると、またも倹約思想となり減少。」

この浮き沈み、おもしろいです。

絹っていつの時代もほかの繊維と比べて特別視されていたんですね。

「江戸のころは参勤交代の請け負わせなどで諸藩は次第に窮乏していく。

財政立て直しのための産業復興の中で絹は各藩で積極的に生産され始めた。」

ちょうどその頃にペリー来訪、明治3年に創設の富岡製糸場、という流れなんですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

長くなるので、きょうはここまで。

| | コメント (0)

2015年5月 9日 (土)

バリ布の流行にハイタッチ

話しが再び遡りますが、

4月の帰国中に

1月末にインドから送った荷物の最後のものがやっと届いておりました。

送ったはずが、出荷元の方で荷物を梱包した際入れ忘れたものがあり、何度も何度も催促して、再度送ってもらって、

それがまたジャカルタの税関で3週間くらい留め置きになり。

留め置き料と通関手数料と、何だか全然わからぬ書類不備のペナルティとで

中身の5倍近くの金額を払った末。

ようこそ、届いてくださいました。

さぁ、今から、開けますぞよ! (右下はカッターナイフ・笑)

Img_5173

・・・・・・・・・・・・・・

やっとインドからの布が全部そろったので

先日、バリの布市場へ久しぶりに行きました。

布好きなマニスのお客さまが来られると、お決まりのツアーがあるのですが

この布市場まで行く時間は普段なかなか取れません。

某日、旦那さんに頼んでわがままツアーで行ってきました。

Img_5190久しぶりのバリのイカットにワクワク♪

一頃に比べたら価格もずっと上がっていてたくさんは買えないから、

ゆっくり吟味します。

バリの中にも流行があって、昨年はシブい色目の幾何学柄が多かったのですが

今年はまたカラフルがリバイバルしている模様。

こちらのものをチョイスして、

Photo

来週から仕掛かります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらの市場、クルンクン・パサールは

バリのセレモニーのためのその他のものがいろいろ。

お供え物を入れるかごも、今年はカラフル!

Img_5192
何か、これ買わずに帰るの? 、と、後ろから視線感じたりして(笑)。

買いませんでしたけれど(笑)、

しっかり硬く編まれた手仕事のカゴ(従来の技術)に塗料でかわいく波ギザ模様は、

上の写真の右上にもある布とおんなじで、この先かな~り流行する兆し。

バリの近くのペニダ島出身と言われている波ギザ模様の透かし織りは、

目下バリの中で新着オシャレの代名詞かも。

(自分はそれほどピンとこないゆえ、詳しい写真が全然ありません。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

マニスの定番生地「バリ手織シャンブレー」を織っていただいている

手織工房さんにもお立ち寄り。

波ギザ模様のニューウェーブに触発されてか、

こちらではダブルイカットのニューウェーブに取りかかっていました。

Img_5287_2
これは縦糸。

緯糸はどんな感じで入るのか。

4か月がかりでの作業になるのだそうで。

(ふつうのバリイカットは緯糸だけが絣なのです。)

バリの手織り工房が「新しいことをやってみよう」、「もっと難しいこともやってみよう」、と

本気を向けるのもこの10年以上で初めての事かも。

その位、隣の過疎の島からやってきたらしい「なぜかカラフルな波ギザ」は、新派なんですね。

現存の機屋さんたちをヤル気にさせている事に、まずは、ハイタッチ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本題とは関係ありませんが

先日これまた

うんと久しぶりに訪れたランの花の専門店。

Img_5289
たまたまですが、スモーキーな写真に共時性。

(自分の中で。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(^_^)/~





| | コメント (0)

2015年3月23日 (月)

カランガスム2 トゥガナンのグリンシン

ご存知の方も多いかと思いますが、

バリの布というと「グリンシン」。

ダブルイカットです。

Img_4972

非常に難易度が高く、ものによっては何年もかけて織りあげるという

特別な儀式のための、魔よけの布。

バリアガと呼ばれる数少ないアニミズムの人々によるものです。

Img_4973
バリの多くはヒンドゥ教の影響と古来からの信仰がMIXされている「バリヒンドゥ」。

バリアガは古来からの生粋なので、より一層バリ的であると言えます。

布に詳しい方は何度も聞かれていると思いますので以下省きますが、

最近バリの中で、この4方向のモティーフが流行っているようす。

そうですね、恐らく15年ぐらい前には日本からグリンシンを織る勉強の為

こちらの村に長期滞在した方も多かった。

Img_4955
トゥガナン村です。

私も、たぶん10年ぶりくらいに行きました(笑)。

でも、ほとんど変わることなくて、そのことに小さく感動いたしました。

何しろ、村に入る手前で「入場料」を払うような、観光地。

Img_4962
山間にある子の村では相当雨が降ったようすで、

そしてこの日は村の儀式もあったそうで、集落の中央では村の人たちが忙しそうにしていました。

Img_4963
礎石に柱を刺して、くぎを使わない建て方のロングハウス。

その左右に村人の住まいが並んでいます。

Img_4965_2
家々の多くには「ダブルイカット」の看板があって(写真のお家はたまたまそれがありませんでした!)、中はそれとなくお土産物屋っぽいのですが、どこもほとんどオリジナルはおいていなくて

市場から仕入れてきたのかな~(笑)、という感じの

カジュアルな腰巻とかが多かったです。

でも一件だけすばらしいコレクションを持っているお家があって。

Img_4970
10~20年くらい前の作品とのことですが、絵絣でした。

たてよこ絣なので4方向柄。そこにヒンドゥ的なモティーフが入っているのがモダンなのかな?

詳しく説明をしてくれたこちらの方が、尋ねるまでもなく値段を明かしてくれました。

一体いくらだと思います?

何と、真ん中の茶色いのは約100万円。

……ミュージアム級ですね。

本当の価値はシロウトには分かりませぬ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちなみに、冒頭のグリンシンの写真(2点)も同じお家のもの。

お値段、なぜか数万円。

いえいえ、それが相場かと。(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

久しぶりにバリの布を探訪しました。

服地になる布は近隣ではなかなか難しいってことが再確認されましたけれど

次回はヌサテンガラの別の島々を、なんて、今から。ムフフフ。



| | コメント (0)

2012年6月25日 (月)

上海&蘇州へ その1

マニス東京事務所移転前の慌しい週末、無理を言って上海と蘇州へ行かせてもらいました。

中国で以前から手仕事を中心に服作りをしているというグループに会うためです。

紹介者であり同行者は江崎正代さん。

最初のきょうは、蘇州のおはなしです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


スイカなおもてなし

最初から脱線します。

いえ、最初から最後まで。これ無しには語れません。

6月の中国はスイカの季節なんだということ。一生忘れないでしょう。

初日。Photo

上海浦東空港に到着後、車で3時間近くかかって着いた蘇州のとある事務所。

お茶を出された背後でさくさくと何かを切る音。

「なんかスイカを切っているような気がする……」、と江崎さん。

まもなく出てきた、これで一皿一人分。

「これ全部食べないと話がはじまらないのよ」って。

まじ? 写真は、ええと、これで3切れはもう食べているんですけど。

渋滞に巻き込まれ遅れて到着した我々。早く話を始めないと日が暮れちゃう!ってことは、迷ってないで早く食べるべき。

お腹がたぷたぷしたままの会議なのです。Photo_2

何がともあれ、どこへ行っても、この赤いものが先に出てくるみたいなのです。

(帰りのヒコーキの中でさえも!)

翌日。蘇州刺しゅうの専門店へ伺ったとき。

今度は何と、洗面器!!! 

お店の人が「どうぞ」って手渡しで下さったのを、ついつい後ずさりしてしまったら、店主の王さんが「だめだよそんな出し方」って。ま、出し方もすごいけど、私はどちらかというとスイカそのものに後ずさりだったんです……。

そして、夜だってありましたねぇ。

今度はホテルにヤマモモのお土産が。

「部屋で食べてね」、って。Photo_3

あ、でも、これ、高知のお土産にいただいたことがあります。

見た目はベリー系ですが梅のような桃のような。すごくおいしいもの。

中国のは少し大粒。

「収穫期が1年の中でたった1週間しかなくて、摘んだ翌日にはもうお酒のような匂いがしてきてしまうので、その日のうちに食べること!」、って、そんなぁ~~~。

ちなみに最後に手土産もありまして、それは桃の箱詰めだったのですが(!)、それはさすがに持ち帰ることはできず、残念ながら本気で辞退でした。水蜜桃というすごく珍しい桃だったみたいです。はぁ、もうそれは気持ちが(お腹が)いっぱいで、写真すら撮れませんでした。


……当分のあいだ果物なしで生きられます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Photo_4

蘇州刺しゅうと綴れ織

最初から関係のない話ですみません。


ここから先が布のはなし。

蘇州2500年の歴史の中で今でも作り続けられているという両面刺しゅうと綴れ織。

その専門店を案内していただきました。

シルクの糸の撚りを解いて解いて、蜘蛛の巣のような光が当たらないと見えないくらい細い糸で刺していく。

これが蘇州に伝わる刺しゅうなのだそうです。Photo_5

紗のようなごく薄い生地に絵画を描くように。

しかも、これは裏表のない両面刺しゅう。

この高度な技術はおもに衝立に使われていたそう。

金魚のものは、今ではここまで細かいものを刺せる職人がいないというミュージアム級。

向こう側の壁が少し透けて見えるのがお分かりでしょうか?

半透明な生地に半透明な刺しゅう。


淡い紗の生地のなかに本当に金魚がゆらゆらと泳いでいるかのような、すばらしい表現力です(ガラスの反射が残念な写真です……)。

その下の木立のような絵は現在の比較的一般的なレベルとか。Photo_6

それでもゴッホよりは細かいです、刺しゅうですから。

これらは工芸、つまり誰々さんの作品ということではなく作り続けられているところもびっくりです。

蘇州にはもひとつすごい技術があって、それが綴れ織です。

刺しゅうの描写力に負けないくらい緻密です。

蘇州綴織でつくられた帯が日本で一時期流行していたそうで、下が当時つくられたもの。

今ではここまで織れる職人がいないのだとか。Photo_7

カシミール織のアンティークレベルです。細かいアラビック柄の中に濃淡があります。

黙って見せられたら、これが中国のものとは思わなかったかもしれません。写真が小さくてごめんなさいです。

こちらは裏はケバケバなので、織りあがった後に丁寧に糸の余りをカットするのだそうです。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

蘇州では、あの有名なお庭もお寺も見ることなくスイカと刺しゅうと会議だけ。

いえいえ。ちゃんと中国流のもひとつのおもてなしがありましたよ。

続きはまた明日!

| | コメント (0)

2012年2月11日 (土)

パレンバン 3 老舗のソンケット屋さん

3日目。

ネットのどこかで拾っていたRumah Limasという名のお店(ギャラリー?)を探す。

旧市街の外側で、Diponegoro通りにあるらしいことを、前日のソンケット店から聞いていました。ロンリープラネットには「町からは5キロ」とも書いてあり、矛盾してるなぁ、と混乱しながらもタクシー運転手がうまく見つけてくれました。

ちなみに、メータータクシーは町全体でまだ50台しかないそうで、午後3時ごろは電話もなかなか通じないのだけれど、良心的な運転手ばかりでとても助かりました。チャーターの白タクもいるようですが、私の場合、入った店が5分で済むか何時間もかかるかは入ってみないと分からないし(笑)。Photo_2

そうなんです。こちらのお店に入ったら、すっかり時間を忘れてしまいました(笑)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お店のしつらえも落ち着いていい感じ。

置いてあるものも、前の日見てきた旧市街のたくさんのお店とはかなり違うのです。

シルクイカットと組み合わせたソンケット、きれいでした~。

きっとお値段もいいんだろうなぁ(ためいき)。Photo_3

ソンケットは、折り畳んで保管しません。

芯に巻いて立ててケースの中にあります。

これは他のお店でも同じです。そして購入するともらえるのか、買い足すのか、金色の塗料で塗られた木彫りの細長い箱に入れてお持ち帰り。

箱の写真があいにくありませんが、洗練されたみやびな文化だなぁ、と。

バリのショップで置こうかな、と、イカットだけのスレンダンとサロンのセットを何枚か購入。あ、写真になぜか、マニスの水玉が……。

パレンバンではコットンのイカットは見ませんでした。皆、シルクで柄もバリやインドネシア東部、ヌサテンガラのものとは大分違って、どちらかというとタイやカンボジアのマットミーシルクのような印象のものが多かったです。

ここは、同じインドネシア国内でもバリの私にとっては異国の印象。

おもしろい発見です。

Photo_4


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

バティックもこちらにはたくさんありました。

しかも。

いまどき珍しい手描きばかり。今やプリントがほとんどか、ろうを使っていてもチャップが席捲している世の中で。……だったのですが、カインパンジャンやサロンはなく皆お仕立てシャツ用の仕切り線が入っているものでした。だから、残っていたというべきか。

上の写真は総手描きの古いものです。左のは今のビンハウスに通じるものが。Photo_5 新しいものの方も色や柄はとてもおしゃれです。

わたしがバティックに反応を示したせいか、いかにもマダムと呼ばれていそうな上品なおかみさんが出てきました。きれいにお化粧してデザインのいい指輪をはめて。

このマダム、奥からいろいろな古いものを持って出してきて見せてくれました。

どれも写真集で見たことがあるパレンバン・スタイル。

古いものはもう残ってないと思っていたので、本物を見られて感激です。

印象は、やはり色のセンスがとても洗練されているということ。深みのある強Photo_6い色や、一見地味なピンクでもこっくりといい落ち着きがあります。

ギザギザ柄はやはり多い。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しつらえた棚に畳まれているのは、左側がイカットやジュンプタンと呼ばれる絞り染めの一連。右がソンケット。

その間が奥の居間へつながる通路になっていました。

古き良きパレンバン・スタイルを見ていると、ブキティンギで見た舟形住居やパダン文化との違いがはっきりと分かる。

スマトラ島の文化の多様さに気づかされます。Photo_7

ジュンプタンは綿のものとシルクのがありますが、綿のものの方がパレンバン風を感じました。

別の部屋に、たくさんの在庫があって。

私、これ、買いましたよ、ジュンプタン。

どんな布なのかは、マニス服になるまでのお楽しみですよ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Photo_8

さて。

何時間も待たされたのはうちの子供。

だってもう午後3時でした。ごめん、ごめん。

お店の人が、ベチャを呼びましょうか? と、ナイスな提案。

わ~~い! すっかりご機嫌です。

近くの通りへ出てご飯が食べれそうなお店の前で止まってもらいました。Photo_9

店の前で何やら焼いている。

あ、そっか。

これがあのラクサに入っていたもの。

魚のすり身、いわゆる、パレンバンのかまぼこ。

メニューも何もないお店に入って、店の人に色々聞いてオーダーしました。

ペンペックとかいうかまぼこ、いろいろ取り混ぜて出してくれました。Photo_10

焼いたの、揚げたの、茹でたの(蒸してるのかも)。それぞれ中にゆで卵が入っていたり豆腐が挟まっていたり芸があります(笑)。

もち米と混ぜたようなモチモチのは、茹で(蒸し)てあって韓国のトッポギみたいな食感。

タレは2種類どちらも辛いので素のままで。

お腹が空いていたけれど、このおでんみたいな食べ物はかなりボリュームがあって、食べきれませんでした。Photo_11

下のは、ジャワでいうところのバクソですね。これ、スマトラではナント、MODELというの(あ、もしかしたら聞き間違えもあるかも)。

ね、バクソでしょ、これ。

でも味の素じゃないし冷凍じゃないゾ。うれしい地元の味。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私たち、この後、とある骨董屋さんへ行ってみたのですが、すっごく狭いところだったので説明にふさわしい写真がありませんでした。

どんなところかといいますと、家具屋さんなのです。どう見ても。

でも、あちこちで聞いてきた噂を照合するに、そこなのです。

で、聞いてみました。そしたら、職人さんがワッショイつくりかけの家具をどかして、壁際にある古いタンスの中がその骨董でした。

パレンバンにチャレンジされる方、ぜひ行ってみてくださいね。ちなみに、マスクと懐中電灯を持参されることをおすすめします(笑)。

驚きます。

宝石店の二階のアンティーク店を思い出しちゃうなぁ。デリーの。

そして、ここで、値段も安く使い込まれたいい感じの金糸のソンケット、ひとつだけ買いました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最終日。Photo_12

この日はノボテルに滞在していました。チェックアウトまでプールでざぶーん、ざぶーん、やって喜んでもらって、お昼は向かい(といっても歩道橋を渡る必要があり結構歩く)の魚料理。

シーフードと書いてあるが、グラミと呼ばれる川魚。あの川で捕れるものだな、さては。

そして出てきたグラミはフォークが突き刺さってお茶目でばっちりな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

おまけです。

旧市街では短距離巡回バスがありました。Photo_13

○○へ行きたい、というと誰もが茶色い車に乗ればいいよ、って。

結局乗りませんでしたが、ミュージックガンガンなイケイケな車でした。

庶民の足は、これらしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

参考までに、スマトラ島は東西南北に4つの文化があるそうです。

西のメダンはアチェ族、バタック族。東のパレンバンはマレー族。北(?)のランプンはランプン族。南のパダンはミナンカバウ族。……なのですって。そっか、パレンバンはマレー派なのでした。ナットクです。

パレンバンのお話、これまで。

お読みくださり、ありがとうございました!

| | コメント (0)

パレンバン 2 織物工房

Bari ……そうそう。

昨日書かせていただいた「ふしぎ~」なソンケット屋さんの外観はこちらです。

あら、これ、バリにもありますね。

透かし模様の木彫です。

もうすっかりどこだか分からなくなりましたー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Photo_6

さてさて。

2日目の午後も同じエリアを徒歩で周ります。

子供は暑さで少しバテ気味。それでも、夕方のプール目指して、しっかり我慢して付き合ってくれました。

メインのもうひとつの通り(名前が分からないのだけれど)をブラブラ。

いくつかのソンケット屋さんの軒をくぐってみました。Photo_7

そのいくつかは、中に工房を持っていました。

第一印象。織り手の女性が若いこと。

こんな風なシンプルないざり機だと、いまや世界の多くがおばあさん世代なんじゃないでしょうか。それが、パレンバンじゃ若者世代。それこそ、隣でケータイがジャカジャカ鳴って、暑い昼間にはお友達とSMSしながらではありましたが(笑)。

手織りの道具のすべてが機械ではなく道具であること。

こういう時間の流れ方を止めないでいることだけでも、リスペクトしたいです。

バリでは、少し前まで手でつくっていたものがどんどん機械のものに成り代わり、織物屋さんはどんどん減っていますから。

P1090609電気がなくてもできる、ものづくりです。織り手の皆さん、ぜひこの大事な時間の流れと文化を受け継いでいってほしいです。

この界隈は一家はムスリム、お店と工房と住まいが一緒のところが多いようでした。

こちらは建てかえたばかりのコンクリ。

レースのカーテンとか、ビロード張りの椅子とか。居間はいつだっておしゃれでよく手入れされているパレンバンです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・P1090613

同じ通りのソンケット屋さんでは、制服をまとった女の子たち。

見事にムスリムです。マレー風の丸顔の子たちもいれば、ちょっと彫の深い顔立ちの子も。人種のるつぼでしょうか。おかみさんは華僑系でしたし。

とても働き者だし、明るくはきはきとしてる彼女たち。私たちがタクシーを待ってしばし長居をしていても、街のことや家族のことを一生懸命教えてくれるのでした。

織物を訪ねて行く先には、いつだってこうしたもてなしがあるのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Photo

ホテルに戻って「プールタイム」してから、その日滞在のホテルの向かいにあった食堂で晩ご飯。手抜きして入ったお店にしては、とてもいい感じの。

温故知新な内装で、お客さんはローカルばかり。カップルもいれば親子連れ、スポーツクラブ帰りのユニフォーム姿の団体さんも。値段も安くてうれしく癒されました。

メニューのトップにあった「ナシハイナン(海南飯)は、シンガポールチキンライスとおんなじか? 蒸した鶏肉と鶏がらスープで炊いたご飯&スープのセットです。確か24000ルピア。シアワセ~。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

またしても書ききれないので、また続きます。

| | コメント (0)

2012年2月10日 (金)

パレンバン 1 旧市街たんけん

バリは、明後日クニンガンです。

その10日前のガルンガンからローカルの学校は2週間のお休みに。

お正月休みが終わったばかりなのに、また休みなのでした(しかもその間にチャイニーズニューイヤーも!)。

本当はこのお正月明けにこの「パレンバンへ行き」を予定していたのですが、あいにくインドネシア人たちの大移動(ジャカルタからバリへ遊びに来る人たち)のラッシュで飛行機がいっぱい。このガルンガン休暇に延期しました。

今度こそ、いざ!

……って、飛行機はすんなり取れたものの、トホホな第二弾、ありましたねぇ。

ちょうどアラブ世界の大きなコンフェランスがパレンバンにて開催中。めぼしいホテル、ほぼ満室。子供の休暇を兼ねての小旅行でしたので、ホテルにプールがないのはやだ~、というわけでネットのホテルレップに半日費やし(汗!)、3泊全部別のホテルになりましたのでした。

何かなぁ。どこかへ行こうとウキウキしてるといつも何だかきわどい事態に見舞われる。これって旅の安全のための洗礼なのかしら。

結果、スマトラ島で第二の大都市といわれるパレンバンは案外のんびりした街で。布をゆっくり見ても、まだまだたくさん時間はあったのでホテルは3つも試せたし(笑)、万事はよかった、よかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

空港からの町並みは、高床式の家もちらほら。

バリとはもちろん、やはりジャワとも違った眺Photoめにワクワク。

スマトラ島には20年ほど前にシンガポールから船で渡ったことがあります。ブキティンギ、パダンを経て、メンタワイ諸島へ。

その時は、メダンという港町からおんぼろバスに乗り……、あ、ちょうど、その時みたいなバスがタクシーから見えましたよ!

バリは雨続きだったけれど、タクシーの運転手によればここではしばらく降っていないとか。

バリからは直行便がなく、ジャカルタで国内線を乗り継いで。朝8時に家を出て、ホテルに着いたら5時です。インドネシアって広いですね。まだまだ知らない場所、たくさんあるのです。

Photo_2 翌朝、ホテルのブッフェの朝食にはラクサがありました。ラクサってマレー料理だと思っていたらスマトラにもあるのです。

香辛料の効いたココナッツミルクのスープです。

こちらでは魚の練り物がごろっと入っていてボリューミー。赤玉ねぎをカリカリに揚げたものとセロリのみじん切りをたっぷりかけて。

サンバルを入れなければ辛くないから、朝にぴったりです。ウフフ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さぁ、まず目指すは旧市街です。

パレンバンといえば、ギザギザのふち模様がついたどこかインド風のバティックをテキスタイル関連の図録で見たことがあります。P1090590

華僑が多いとのことでマンダリン風の柄も多いらしい。

マレー半島と近いから、プラナカン風なのでしょうか。

古くはオランダ植民地時代のなごりも、きっとありますでしょ?

ネットで調べてみると、多いのはやはり金糸を織り込んだソンケットと呼ばれる晴れ着用の織物。それと絞り染めもあるようです。といって、ここはほぼ全体的にムスリムの街。

いったいどんな布が見られるのでしょう?

ホテルでそのエリアの名前を聞いて、タクシーで向かいます。Koroniaruhu


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うひょひょ。通りには確かにたくさんのソンケット屋さんが並んでいます。わ~い!

慌てない、慌てない。

まずは周囲の散策から。

P1090597

木造の大きな家々が並ぶのは旧市街のメインストリート。屋根の形はジャワのと同じかなー?

スマトラは地域によってはタイのような舟形住居もあるから屋根の形はかなり多様だと思います。さすがに舟形のはここにはなかったけれど、建物のひとつひとつが個性的。

「あぁ、でも、古い町って。ほんとうに落ち着くなぁ!」

って、ひとり言。 P1090610

窓ガラスがないのも特徴的。木の小さな扉がそのまま窓です。

基本は素のままだけど、ペンキでおしゃれをしている建物もちらほら。

黄色い壁の窓からは、目隠し用なのか、ふんどしみたいな(笑)カーテンが。

一階がムスクっぽいブロックづくり、2階が木造と見えます。Photo_2

その下のは、「ガラス窓」、ありました。

こんなクラシックな。函館か長崎にもありそうな。

大分改築が加えられて、こちらも1階はムスリム風なり。

フムフム、やっぱりいろんなものが混ざっています。

なかは一体どんなふうなしつらえなのでしょう?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

通りを歩いていると、ちょっと大きなお屋敷風のソンケット屋さんに出くわしました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Photo

中に入ると古い木造の建物とコンクリの3階建てビルとが内部でつながっていて。

ふしぎ~な空間。

エントランスは植民地時代風の家具に、大統領とご一緒の先代の写真が壁にぞろぞろ。

別の壁には、プロバンス風のテラコッタのお皿や明調な染付の磁器。

こちらは、何系のご家族なのでしょう?

おかみさんはマレー系の人でした。Photo_3

ここは、昔のおうちの内装をそのまま残してソンケットを売りながら、パレンバン流結婚式をする会場にもなっているらしい。コンクリのビルはウエディング用でした。でも、誰もがこの時代がかった部屋(昔のつくりだからそんなに大きくない)を通って広間へ入るのです。

こちらで見たソンケットのほとんどはサロンとスレンダンのセット。

本物の金糸を使われているガラスケースの中のものが恐らく最高級。ちなみにお値段は26万円あまり。

金糸がびっしり入っていて重たいものほどお高いようです。Photo_4

下はシルクのイカットにソンケットが入ったもの。

こちらは頑張れば、まぁ、買えるかも……、というお値段で4万円台。

こっちの方が好きなんだけども。買いませんでしたけれども。

のこぎり歯の模様がパレンバン風といえるでしょうか?

そのほか、通りにはほんとうにたくさんのソンケット屋さんがあるのでしたが、ほとんどどこも似たり寄ったりで値段も安くて。地元の皆さんが買うのかなぁ。観光客が買うのかなぁ。

心配しながらも、ここにはまだ織物ストリートが健在だと知って嬉しくなるのでした。Photo_5

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お昼は周囲にレストランみたいな座って食べれるところが見当たらなかったから、コンビニでビスケットとジュース。

こんな古い街並みの中にも、コンビニあるんだなぁ。

それはそれで、便利で悪いことじゃないんだけれど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・P1090582

ちなみにこの通りの裏路地を行くと、行き止まりは川でした。 いくつもの路地があるんだけれども、どれもみな。

小さな小さな家たちは、くっつき合ってこの路地裏に密集している。

そして、それこそ少しでも水が増水したら困ったことになりそうな家ばかり。

ずっとこうして暮らしてきたんだなぁ。P1090584

昔、陸路でシンガポールからインドネシア領ビンタン島に渡り、そこからメンタワイへ行った時も、水辺はこんな風情でした。土地代とか、きっとないんだろうな。あるのかな。

だって川の上です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つづく。

| | コメント (0)