2017年10月30日 (月)

シドメンへ

「まめしんぶん」連投を一旦はずれて、

きょうはまめたび(布のはなし)の一日です。

10月になって間もなくのこと。

サンデーオーガニックに久しぶりに顔を出すと、

友人、さちこさんと意外な話に。

「アグン山地域の避難者ね、シドメン(=ソンケット織の産地)からもいるって」

「50年前の噴火の時には、シドメンからヌガラ県(バリ西部)まで

徒歩で疎開した人たちもいて、うちの主人の家系はその一部なの」

「なるほど、ヌガラにもソンケットがあるのは、そのせいかもね。実は、

機を持って避難先からうち(マニスのスタジオ)に来てもらって、

織物やってもらえないかと思ってたところ」

「避難の人たちの様子、知りたい。

親せきの一部がシドメンにいて、確かに織物をやっているよ」

「わお、じゃ、さっそく行こうよ!」

、ってことで、即決まったシドメン行き。

さちこさんの親せきの人に案内をお願いして、山奥の村を訪ねました。

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避難勧告が出て以来、不思議と見えなくなっていたアグン山。

いつもは晴れていれば私たちの村からもくっきり見える霊峰です。

火山性微震の回数は減ってきたものの、山が見えない不透明さは

ひとつの心配の種でした。

避難の人たちが気になった事がきっかけになったけれど、

バリの織物のメッカ、シドメンにはかれこれ10年行っていなかったのです。

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画家のウォルター・シュピースが暮らしていた地域。

今もバリの原風景が残る田園地帯。

下の写真は、その中の一軒のお宅です。

これ、何か分かりますか?

ヤシの樹液を採取して、おいしいものをつくっているところ。

この地域の名産でもあります。w


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シドメン地域は日本の山陰のように山、また山。その合間に小さな集落。

色彩の少ない、素材の色だけの民家が多い。


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バリは今やすっかり都市化された思いきや、

昔から変わらない暮らしと時間を送っている地域がこうして。

貧しいのではないのです。

必要なものが少ない暮らしだから、自然の中に根ざした暮らしだから、不安がない。

きっと。そのようなシンプルライフなんじゃないかと思います。

家の一角には、機織り場。

これはソンケットの技法で、

儀式用のサロンの裾に縫い付ける織テープを織っているところ。

聞けば、この糸材料とパターン(模様織りにするため縦糸に織り柄をセットする作業)は

自分でおこなわず、リテーラーからセットにしたものを渡されるのだそう。


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そうですよね、模様織りは、織の作業も複雑ですが、

機に糸をセットするところがかなりの技術だから、一般の人にはなかなか難しい。


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では、どのように「セット」をしているのかを見せてもらいに

車でさらに30分ほどの山奥に。

食堂すら一軒もないような山間の集落で、この複雑な仕事をしていることには

正直驚きました。

こちらは、経糸をセットしているお宅です。

一家の何人かのお嫁さんたちが共同してやっているらしい。

経糸は1300本くらい掛けるらしい。

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竹ひごに色糸で描かれた図案のサンプル(写真のもの)をもとに、

実際の経糸の綜絖に図案が描かれるようにセットをしている家。

難しい技術なので、この地域では二人しかできる人がいないそう。


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この人の頭の中には、

得意の音楽を奏でるように

柄が次にどう進むかが入り込んでいるかのよう。

一見簡単そうに見えますが、そうですね、

確かにガムラン音楽のような、複雑ながら、なめらかな一面を感じます。

山奥でこの技術。

聞いてみると、この地域は50年前のアグン山噴火の際には被害を受けず、

昔からソンケットを織っているのだそう。


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インドなら貴族のお抱え職人のような立場でしょうけれど、

なんてのんびりとして見えるのでしょうか。

お訪ねすると、裸族のおばあちゃんが、今マンディ(川での洗濯)に行ってるから、

ちょっと呼んでくるね、って。

バリ人のすごいところのひとつは、これです。

高度な技術が、比較的ふつうに、もったいをつけずに存在している。

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街から糸を仕入れ、柄や配色を決め、それぞれの分業を手配するリテーラーさんの家。

昨年マニスがスカートに使ったソンケットの写真を見せると、

ひとつずつの柄に名前がついているようで、

あぁ、これはもう10年くらい前によく作ったものだわ、とか、

これはうちでもやっている柄だよ、とか、

これはこれでまた奥深い。

ソンケットはともかく、分業というギルドで成り立っていることが一つの特徴だと思う。

以前聞いた話で、

西陣や京友禅が厳しいのは、糸屋、織屋、染屋、などなどの
分業が発達した結果だという(1軒がつぶれたら他も全部止まってしまう。)

金沢ではその分一軒ごとに全部の工程をするのが伝統なので、

一軒がつぶれても他は残る、という。

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この山間の村がどのくらい前からソンケットを織っていたのかは不明のままだけれど、

王室とのかかわりが深いことは確かだと思う。

シドメンの近くには昔栄えたクルンクンとゲルゲルの王家があり、

バリアガのダブルイカットを織る地域と近いにもかかわらず、

異国の影響、とくに華僑からの影響が感じられる城塞都市も残っているので

群島国家インドネシアの中であまり多くは見られないソンケットが

ここにあるのも、きっと歴史のなかにしっかり脈絡があるはずです。

金糸銀糸を多用するソンケット、今はカラフルな化学染めが主流のせいか、

こんなに派手なのです。(写真は生地の裏面ですが)


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ハデハデだとマニスでは使えないのですが、布商の一部には

このような私たち好みの配色のものもあります。


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今年もほとんど裁断しないこちらの「イカットスカート」をつくりました。




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最後にキュウリの、写真。

シドメンの近くの市場でなぜか買うはめにあったオマケでした。

無理やり買わされたけど、みずみずしくて美味しかった!


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飛行機に乗らず、両替もせず、

私たちのバリにある布の神秘にワクワクする今。

作品展で、ご覧ください!

さて、振り出しに戻りますが

火山活動による避難の方々は、シドメン地域からはいないようで、

逆にシドメンの集会所に避難している人々が大勢でした。

1日でも早くおうちへ帰りたい人々の願いとともに、

ここまで危機感を、持ちながら

本格的な噴火を免れている山の意思にまずは

深く感謝いたします。

山はたくさんの人々の祈りに応えて、

一生懸命に莫大なエネルギーをほかに分散しているかのようで。

ひと月以上続いた警戒レベル4、昨日避難区域が火口から7.5キロまで、

レベル3に引き下げられたそうです。

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2017年10月16日 (月)

Tubanへ再び

9月のはじめ。

またもトゥバンへ行きました。

前回注文していたものを直接見て受け取れたらなぁ、と思いながら

ちょうどいいタイミングで日本から来た布系のお友達と一緒に行こうよ!ってことになり。

まさかの、あの、「飛行機乗りそびれで再び」だった、

スラバヤのバスターミナルにひと月後に再び!w

あまりの暑さに驚く同行人を励ましながら、

巨大な扇風機の前に避難してトゥバン行きのバスを待つ。

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さすがに学習も積んだし、騙されることもないはずの

バスは、相変わらずすごかった。

物売り、ミュージシャンの嵐、

容赦ない日照り、

エアコン完備といいながら次から次へと乗り込んでくるローカルの皆さんの

汗ばむ体がグイグイこちらに押し付けられれば、

もう、逃げ場のない暑さに同行人が干からびないかと心配するも、

身動きの取れない姿勢で後ろも振り向けず!

バスはでこぼこ道の路肩、微妙な隙間を暴走する。

時々片側のタイヤがふわっと宙に浮いたりして、

終始気の置けない運転に驚愕すること再び。

そして、GPSを屈指して降車ポイントを狙ったというのに、

まるでパリテキサスみたいな荒涼とした道端で下される我ら。……

2度目でひと月後だというのに。

なぜか最初からやり直しさせられたかのような、アドベンチャー感覚とともに

無事トゥバンに到着できたことには、喜びひとしお。

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しょっぱなからの強行軍にもめげず、間髪おかずに

夕暮れ時の時間にトゥバン市内のバティック工房に無理やり滑り込む我々。

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こんな木像が布の棚の隅っこに。
何だこののんびりした感じは~~~w?
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というわけで、またも始まりました。
ツアー@トゥバン♪
同行人はパサールクマンマンの金澤さんとてっちゃん、UBUD在住のNさん。
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この下の写真は、UBUDのスレッド・オブ・ライフさんで拝見したものですが、
インドネシアでカパスと呼ばれているものは特有品種ではなく、
やはり普通の綿花のようでした。
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予期していたものの、ランチはお預けだった。
みな、腹ペコで汗まみれである。
そんな日没後の車窓から見えたフルーツ屋。
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あの、ちょっとでも早く先に進もうとするバスの無理やり感

(実際に事故は多いらしく)、と、
この、灼熱の時間帯が去った後の
じんわりと夜風に漂うフルーツ屋台の香りと。

その、どっちもが、ジャワなんですな。
私の流儀では、良い方の思い出だけを持ち帰る。
それに尽きる。
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翌日も元気にゴー!

トゥバン郊外の工房を数件回りました。
前回と同じ店に1か月ぶりにまた来て
店のイブ(おばちゃん)も、何だか「近所のあの人」みたいに思えてくる。
別れ際のあいさつは、
「じゃ、また来月ね!」、なーんて。w
インドだったら1月ベースでなんてありえない、けれども、
てっちゃんは、この旅のイメージが
ジャイプールの田舎町と重なるようで。
そうですね、確かに、この町は、どこか懐かしいものに満ち溢れていますから。

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あ、このチェック地は、むかーしマニスでも使いましたっけ。
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染め工房の職人さんたちがすすめてくれたおやつは、
魚味のクルプック。
海の街、トゥバンらしいおやつ!

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染め工房の一角に積み上げられた、手紡ぎのテヌンが美しい。
天然染めのショールを注文してみました。

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この昔ながらの風景が残る美しい田園地域の近くには
まるで不釣り合いも甚だしいほどの巨大なセメントのコンビナートがある。
日本でいえば、国立公園の近距離に突然あらわれる原子力発電所みたいな印象の。
東日本震災の教訓が深い私には、シュールを通り超えて
ほぼ祈るような気持ちにすらなる。
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トゥバンからスラバヤの帰路、今回はタクシーを使ってみましたら、

快適そのもの!
空調も利いてスムーズで安心感のある新車は、
渋滞に巻き込まれることもほぼなく

スラバヤの市街地へ。


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コロニアル建築が多数残る、美しい街並み。

布がたっぷり詰まったカバンにはさまれながら。
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前回と同じマジャパヒトホテルでゆっくり朝食を楽しんだ翌朝、

Nさんが調べてくれていた骨董屋へ。

移民都市スラバヤのひとこま。

ここは中国系のお店。やはり、清、明のものが多い。

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前回膨大な在庫の中から
今回はこの辺りをえら選んでみる。

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価格交渉も無事成立!

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そのあと、やはりNさんの案内で訪れたサンポルナ・タバコ博物館。
博物館ではあるけれど、実際の工場に併設されていて、
作業風景が見学できる。

この今でも同じパッケージの両切りたばこは、何と現在でも

人力で、ものすごい速さで紙巻している。
たまげました!
まるで、モダンタイムス。

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この工場の撮影は禁止されていたので、
展示されていた昔の写真を撮ってみた。
が、今もこれと同じ風景。
何百という女工さんが、タバコを巻いている!
何という事か。
インドネシア、まだまだ知らないことだらけ。
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前回はまさかの乗り遅れだったガルーダの同じ便に、
今回は渋滞もなくスムーズに、

真新しいスラバヤ空港のターミナルで搭乗前に

ナシ・ペチェルも食べることができたし、

スタッフにいい感じのおみやげを買うこともできたし、

余裕たっぷりの帰路。

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前回と15分も違わないホテルからの出発だったのに。
思えば、あの乗り遅れはまるで妖精のいたずらみたいな気すらしてきます。

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2017年9月29日 (金)

Tubanへ・その2

Tuban2日目。

南半球の乾期ながら、じりじりとした本格的な暑さの一日は

まさに初めから終わりまで布ざんまい。

久しぶりに大量の布選びに酔いしれる。w

どれだけたくさん見ても布であれば(骨董品、美術もそうだが)、もうこれで十分という事はない。どれだけでも見続けられる。

これはもう、特技かもしれない。

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カラカラに乾燥したTubanの郊外。

ネットで探せたのは地域の名前だけ。

ここに、一軒のバティック工房が。

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お訪ねすると、ほぼ全体が手描き。中にはチャップ(スタンプ)もあるようですが、
手描きの方が圧倒的に盛んな様子。

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染め場は天然染め半分、化学染料染め半分くらいの配分。
そして、この工房では基本的につくっていないような感じでしたが、手紡ぎ・手織りのテヌンの工程を見せてもらいました。
綿は、日本の綿花と同じ種類かと。カパスと呼ばれています。
種を取り綿を長く伸ばしながら、撚りをかけてつないでいく。
機はこちらでは腰機でしたが、高速の高機もこの後別の場所で見ました。
織りあがったテヌンの美しいこと!
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こちらは、茶綿。
綿自体が最初から茶色い天然色。
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同じ地域を少し回ってみると、
ちょっと立派な門構えの工房に行きあたる。
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お昼休みでたまたま戸がしまっていたようでしたが、
聞いてみるとすぐに中に通してもらえました。
職人たちがお昼寝しているそばをすすっと通り抜け、奥の染め場を真っ先に案内してくれたおかみさん。
藍のプールにたくさんの布が沈んでいるのを、ゴム手袋をささっとつけて持ち上げて見せてくれた。
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こちらはカユ・マホニー。赤茶色の染料。
その下は、茶綿の綿。普通の白い綿より小さい。
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テヌンの織り糸。上が普通の綿。下が茶綿。
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織りあがったテヌンにすべて天然染め、手描きで伝統柄のバティックを。
海に近いトゥバンは、その伝統から肩掛けにして物を(魚を?)運びやすいような幅と長さにテヌンを織っているらしい。(と、何かのサイトに書いてあった気がする。)
15年ほど前に訪れたトゥバンでは、キジンミリンという織り糸にバティックを施した紬のような細かく地味なタイプが多かったけれど、(たぶんそれがトゥバンのオリジナルなのだろうけれど)
今の染織の方が、生き生きとしたものが多い気がする。
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行ってみたい方は、こちらの写真をヒントにどうぞ。w
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沿道で綿つむぎをしていた。
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種を外すのが結構手間のようで、ここからまず織物までにどれだけの時間と手間がかかることか。
こうした作業が今も盛んにおこなわれていることに、嬉しくてテンションますます上がります。w
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別の工房にて。
若い女の子たちがチャンティンをやっているのも、嬉しい!

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このかわいいおかみさん、大好き!
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腰機でこの幅を織っているのがすごい。
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周辺は一面のトウモロコシ畑でした。
空が高い!
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布をめぐる旅先で出会うのはいつも女の人たち。
商売にしっかり者のおかみさんもいれば、シャイで口数の少ないおかみさんもいる。
しかし共通しているのは、出会うほとんど全部の女の人たちが布の魔法にかかっていることだ。
魔法ではなくて、DNAみたいなものかもしれないけれど、人種や宗教を問わず、お金持ちでも質素な家でも、
まっすぐでやさしい、大いなるお母さんを感じるのです。

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2017年9月28日 (木)

Tubanへ・その1

もうじき10月になる。

ってことは、もうバリに戻って早4か月!

いつも「まめ日記」をチェックしてくださっている皆さま、ほんとうにごめんなさい。

スケジュール帳に毎週のように「ブログ更新」のメモ書きがあるのに対し、

これまで更新できなかったのって、何だったのか。我ながら驚く9月の末。(+_+)

6月から先、前代未聞の来客多数。(ありがとうございます。)

そして、ジャワへ2回行きました。(冒険でした。)

絹糸の糸紡ぎをお手伝いしました。(経験しました。)

スタッフの子供が2回入院しました。(慌てました。)

コンサートで合唱しました。(w)

ハハ来ました。(これまた6年ぶりにw)

その他は日常のあれこれに尽きるのですが、こんなに長いブランクになってしまって、時の流れはますます加速しているようにしか思えない!(思い過ごしでしょうけれどもw)

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気を取り直し、

まずはジャワの旅、書いていきます。

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まだ夏の日のこと、7月下旬。

10年ぶりにスラバヤ拠点の織物産地、トゥバンへ行きました。

インドの布おろか、最近は日本からの布さえも税関での手続きにひんぱんに呼び出されるようになってきて、考えました。

トゥバンにはカパスと呼ばれる綿を栽培し手紡ぎしている村があることを思い出し、ネットで検索を繰り返すも、あまり具体的な情報はない。

そんな折、夏休みが終わりかけた息子が、「友達みんなヨーロッパとかオーストラリアとか行ってるみたいだけどオレだけどこも行ってない」、って。

ヨーロッパもオーストラリアも無理だけど、ジャワとかどう?

うん、どこでもいいよ。

素直な息子。(笑)

ということで、情報があいまいなまま、3日後の飛行機を予約。

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フライトは1時間。

きれいな上空からの景色にワクワクするも、

スラバヤからトゥバンへの110キロほどの陸路はなかなか!!

バスターミナルから乗った長距離バスは10年前とぜーんぜん変わらず、ほらほら、

物売りがどしどし入ってくる。

ドリンク、果物とかピーナッツ、揚げ豆腐はじめ、電光キラキラのおもちゃやら文房具セット、靴下、帽子、櫛セット。

まぁ、気持ちは分かるがポーションがね。

大きすぎる!

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そんなにたくさん買う人いるんですかね、と不思議に思っていたら

やはり誰も買う人はいなかったりする不思議!!

それなのに、平然と真面目にやっている物売りスタッフさんたちも不思議~~

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旅のお供はカラオケビデオ、それもすんごく古いインドネシア歌謡曲w

(あぁ、もう、早速バリでは体験できないことだらけ、息子にとっては大変社会勉強になっているはず!)

家を朝7時に出発し、夕方に着きました。トゥバンの街!

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ホテルの部屋に早速ひきこもる同行人を残し、日没まで散歩なのだ。

久しぶりのジャワの地方都市、

当たり前のようにこだまする大音量のコーラン、アザーン(サラート?)。

ジャワ島は多くがイスラム教。

宮殿のような立派なモスクは、観光名所でも何でもない、町の中央でひたすら祈りの場所として成り立っている。

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モスクの近くにあったナイトマーケットに迷い込み。

運よく、おいしい、ベジタリアンメニューにありつきました。

ナシ・ペチェル。

ご飯の上にさまざまな茹で野菜、豆腐、テンペなどを乗せ、ピーナッツソースをかけて。

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わー、これで飲み物入れて100円よ!
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ジャワの物価は、まだまだ安い。
そのことよりも、
すごく遠くまで来た気がするのに、言葉が通じいつものお金(ルピア)がそのまま使えることに、私はワクワク、嬉しくなる。

文化や宗教が異なりつつも、ひとまとまりの秩序を持つ
アーキペラゴ、群島国家、インドネシア。

今ここで、いろいろあって、この国の広さと深さを大冒険。かも。
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2017年5月14日 (日)

今回の布風景

母の日、ということは5月14日。
、ということは、
あと4日。(いえいえ、独り言ですw)

今日は、今回の春夏服につかっている布のことを少し書きます。
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こちらの作業風景2点は、今回バティック制作をしてくださった植田有加さんが染色を依頼している工房のもの。(有加さん撮影)

大きなストライプと小さなストライプを組み合わせたデザインは有加さんのオリジナル。

コットンプリミシマを3mずつにカットして、こんな風におおらかな配置で描いてもらいました。

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バティックは蝋を落とす時に高温のお湯を使いますが、こんな風にドラム缶使っているんですね。

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そして、出来上がってきた3配色のストライプ。

染め上がりがそれぞれちょっとバラバラですが、バティックらしさが夏色のストライプに。

右側は深みどり。この色、なかなか素敵に出来上がりました。


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ストライプonストライプ、つくったのが下の写真左のパレオスカートです。

タイの部分は同じ色に染めてもらってみました。

プリミシマの無地染め、はじめてですが、なかなかです。

機械で染めた無地と比べ不均一で、それなりの味があります。
(ムラになっちゃっている部分は外して裁断、という手作業だからできるんですが。)
右のサックボトムは、その無地染めのもの。
オレンジ色は、下の「ピンギル」というシリーズの色のひとつなんです。

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DMの写真を撮るとき、スタジオ内はこんな風になっています。(笑)

私はカメラをまっすぐに固定しながら右だ左だ、上だ下だ、と。(笑)

あ、それで、オレンジ色の由来が左のスカートの色です。

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ピンギルのシリーズは、有加さんのもとの作品のそのままリピートしてもらいました。

「ピンギル」とはインドネシア語で「端」という意味。

普段はサロンやサリーの裾に来る端の部分に使う細長いチャップ(版)を、あえてメインの柄にしたものです。

上はブルーとオレンジ色のコントラストがまるで太陽と海、みたい。

とても鮮やかで印象的な作品です。
さて、この布で、どんな服を作るか、ですが、
一旦はやはり、布の大胆さを贅沢にたっぷり使って作品っぽいものを作りたくなるのですが、
やはり普段に少しでも着やすいものにしないと、タンスの中に仕舞われてしまいますから。

ごくシンプルなスカートとパンツにしました。


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ピンギルのもうひと作品は、こげ茶系黒と朱赤のひし形図。

今回は染色の具合から漆黒と真紅にて出来上がってきました。
これもまた、目が覚めるようなはっきりとした配色です。

有加さんの個性が素直に布に溶け込んでいて、素晴らしい布ワークだと思います。

しかし、切ります!w
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ありそうでない、「端っこ」の世界。

ストライプ3反、ピンギル1反。

ほか、今回も自分で切らなきゃの布がいっぱいで、2月から先は鋏を握りっぱなしの日々でした。
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こちらはチョックさんのペジェン・バティックの作品。

上はオーガニック・トゥバンコットンに染め上げたもの。

インディゴと白抜きが部分でオポジットになっています。こういう構図は服向けなんです。
つくったパンツは、左右の配色がオポジット。
1反からぎりぎり2点のパンツが取れました、めでたしめでたし!
(これが半端だとお値段がとても高くなってしまうんです。)

下は、同じ生地が終了してしまったとのことで、広幅のコットンキャンバス地にソガン(赤茶色)とインディゴです。
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服地として、ここまで大きな柄、これまであまり使ったことがなかったかもしれません。

でも有加さんのバティックと一緒だとなじんでしまう。(笑)
さぁ、これも切りました。
下のキャンバスはちょいとはぎ合わせが入りましたが、1クロスから3点のイカットスカートができました!
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ブルー系が相次ぐ今回ですが、

ブルーついでと言ってはなんですが、普通のチェックもあります。(笑)

ルンギです。

インドに旅に出たsinduさんが買ってきてくれました♡

嬉しい!大好きなルンギ!

インドの男性の腰巻布。なぜかブルー系が多い。
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大変色が出るので、洗濯機で3回ほど強く洗ってから仕立てます。

格子、チェックって、やはり庶民の布でしょうか。
カンボジアのクロマー、西ベンガルのガムチャ。イギリスのタータンチェックは少し違う趣ですが、アジアの格子、素朴さが愛らしくいつも大好きです。
布がこれほど素朴だというのに、こういう濃ゆいラベルが競い合うようにして貼ってあります。(笑)
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真ん中の赤いラベルの模様が何なのか。

ルンギで仕立てた服、各一枚ずつ模様いろいろ、作品展まで、お楽しみにです♪
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ほかにも、ベーシックなリネンで着やすいおすすめ服を

いろいろつくってみました。

さーて、もうそろそろ最後の検品が始まります。

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2015年11月 2日 (月)

Thread of Lifeのイカットたち

UBUD Writers Festival 2015という国際イベントの中で、
Thread of Lifeの代表ウイリアムさんが1時間のレクチャーをするというので
行ってきました。
ライターズ・フェスは、UBUDの老舗CASA LUNAのジャネットさんが自伝を書いたのち、
彼女が中心になってもう何年も前から続いているもの。
回を重ねるごとにより広範囲から作家たちが集まり、なかなかレベルの高い内容に
なってきているようですが、今回はインドからの参加作家が目立ちます。
ベンガル出身の若手作家がジャムダニ織の素敵なドレスを着て出席していて、
嬉しい時代になったものです。
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今回、UBUDにある布のギャラリー、スレッドオブライフが
フェスの会期に合わせて企画展を開催中。
そしてウィリアムさんが布のレクチャーもするというので、
作品展に向けてまっしぐらの週末に(!)、時間を捻出して
聞きに行ってきました。
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こちらはグリンシン。布好きの皆さまの中にはご存知の方も多いでしょう。
バリの先住民族「バリアガ」のダブルイカットです。
ウィリアムさんによるとダブルイカットは世界で3か所しかつくられていない。
バリのトゥガナンのほかは、インドのグジャラート州に2つのコミュニティと、あとは沖縄。
……、とのこと。確かにそうかもしれません。
私はその3か所とも訪れていながら、
1つもダブルイカットを持っていないことに気が付きました。
何でだったっけ? あ、そうか。
切ることが出来ないレベルの布はなるべく買わないことにしているからでした。
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この繊細な織りは、カリマンタンのダヤック族のもの。
ああああ、もう、本当に素晴らしい。 人垣の間から写真撮るのが精いっぱい。
Ikat
インドネシアでは、バティックが大きく評価されていますが
(世界遺産にも登録されたのだから当然と言えば当然ですが)
こうした絣織の幅広さと技術の高さ、美しさも、世界では群を抜いています。
スレッドオブライフは、それぞれの産地の織り手を支援しながら本当に質の高いものを
コレクションしていて素晴らしい。
3番目のは、インドネシアにインドのダブルイカットが影響をしたころの模様だそうです。
何とスンバ島でつくられたものだそうです。
(スンバ島のイカットは具象柄が有名です。)
写真はレクチャー終了後、布を引っ張り合うお客さんの手の合間で撮りました(汗!)。
この吉祥紋のような模様は正倉院御物にもありますね。
イカットの奥深さは、マニスとしては未体験なのですが、
まさかこれは切れないレベルのものばかりなので、これから先も見るだけです。(キッパリ。)
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こちらがそのギャラリーです。
企画展開催中。
こちらはスンバ島のもの。白く抜いた無地紋が美しい。
手前の小さいのも美しい。あぁ、全部ほしくなる!!!
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その下のは、確かスラウェシ島のもの。赤の部分が力強い。
幾何学模様の中に祈りが込められているかのよう。
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その下のはインディゴだけで染められたもの。ブルーの世界も美しい。
印象として、海の民はインディゴ系、森の民は赤茶系を感じます。
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今回はとても繊細な編み目のバスケットが特別参加。
どうやってこのパターンを編んでいくのか。フロムカリマンタン。
これ、買いましたよ!(笑) 壁にかけて庭の葉っぱを生けるのじゃ。

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さぁ、それでは今日も遅れ気味の仕事を今から。
スタジオへ行ってきまーす(笑)!






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2015年7月 8日 (水)

日本絹の里 2

しばらく間が空いてしまいました。

何でももうじき台風も来るそうな。

急いで(台風とは関係ないが)続きをどしどし入れていきまーす。

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「日本絹の里」の続きです。

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展示室には、古代からの養蚕飼育のため創意工夫された家や道具の模型がいろいろ。

なかでも家の造りはやはり面白い。

上州はほかに例を見ないくらい屋根のかたちが多様なんだそうです。

石を置く「板屋根」や、「草屋根」、寄棟造りの一部を切り落として採光を取り入れたもの、切り落とした部分に別の小さな屋根で覆ったもの。ほとんどは屋根裏で蚕を飼育するための工夫なんですね。

通風を工夫し屋根に換気用の越屋根をつけた江戸末期の「田島弥平旧宅」。

通風と温度調節を取り入れた蚕の飼育法を開発し広めた高山五郎氏の「高山社跡」。

これらは富岡製糸場とともに「絹産業遺産群」として世界遺産登録されたそうです。

もうひとつ遺産群に登録されたのが「荒船風穴」(あらふねふうけつ)。

上信電鉄の終着駅下仁田からタクシーでしか行けないような秘境らしい。

Img_5805風穴とは岩の隙間から吹き出す冷気を利用したもの(いわゆる天然の冷蔵庫)で、ここに蚕種(蚕の卵)を補完することで、それまで1年に1回初夏のころにしかできなかった養蚕が複数回できるようになったのだそうです。

電気の冷蔵庫が出現する前に、こんなことをやっていたんですね!

蚕紙(さんし)というのも初めて見ました。蚕種がたくさん産み付けられた紙で、カレンダーの裏やお菓子の箱?のような厚紙です。

http://www.papermuseum.jp/guide/vol10.html

この蚕紙が、ひところの日本の輸出第2位だったそう。

世界から増産が求められた時代に、こんな創意工夫で質と量をぐいぐい上げていった日本人のセンスは、やっぱりすごいです。

荒船風穴、次回は是非行ってみたい。

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蚕は桑の葉を食べますよね。繭になる直前の最後の1週間に、それまでの5倍くらいの量を急に食べるようになるので、その頃になると養蚕農家の方々は夜通しのお世話になることもあるそうです。

昔は桑を育てながら天候や流行病に振り回され生産が安定しなかったそうです。

それで今では人工飼料も開発され、病気に強く繭玉が大きなものが交配されたF1種もあるそうです。

Img_5725日本の蚕とヨーロッパ種を交配させたものが多いようです。

ぐんま200はすごく大きな繭玉で、艶があってきれい。人気がある種類だそうです。
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蚕を飼い繭を取るところまでが養蚕農家、取れた繭から糸を引き製錬(表面のセリシンという固い部分を除去)して、均一に撚りをかけるのが製糸場の仕事でしょうか。

Img_5723いまではもちろんオートメーション化されている製糸業も、もっともニーズがあって利益も大きかった時代にはすべてが人の力で支えられていました。

アメリカではすでに機械化され力織機が中心だったので、強く切れにくい日本の品質が人気だったそう。アメリカでシルク? 学芸員さん曰く、

「まぁ、たいていはストッキングですよ。ナイロンのができる前の。すごく流行ってたみたいです。」

なーるーほーどー。

それは確かにシルクのニーズが高かった事でしょう。

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日本の蚕はずっと古代から野生で自力では生きていけないような栽培型(家蚕)。

その他世界中にはシルクを取ることができるいろいろな種類の昆虫がいます。

でも、こんなに種類があるとは!

Img_5724インドのムガ、エリ、タッサーはマニスではおなじみですが、そうそう。インドネシアにもクリキュラという品種があります。

ジョグジャカルタの王室が育てて織物を作っている、黄金の繭とも呼ばれている種類です。

「ロスチャイルドヤママユガ」、って、笑った!

日本だけの品種もけっこうありますね。

そうそう、思い出しました。マダガスカルのボロセラ。

マダガスカル島に生息するボロセラはマツケムシの仲間で害虫であるが、この繭から作られた絹布は、死者を包む布として有名である。世界にはいろいろな野蚕が生息しており、家蚕にない特徴ある野生絹糸が生産されている。蚕が家畜化に伴って失われたもの、すなわち、大量生産に不向きな不揃いや個性などが、野蚕系の繭糸に残されている。それが大衆化されないシルクの魅力を創出し、希少性と環境保全にもからみ高付加価値をもたらしている。                   「繊維と工業」Vol.63,No.9(2007)から抜粋

見たことはないのですが昔ブルータスに出ていてずっと記憶に残っています。

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シルクの歴史は5000~2000年。

ウールは紀元前3000年、シュメール人たちがすでに利用していたらしい。

植物繊維の麻は1万年以上。

ウールと植物繊維はまたいつか掘り下げるとして

シルクはいったいどうやってそこから糸が取れてきれいな織物にできることを見つけたのかが、不思議です。

長らく中国の宮廷内で秘密にされていた、それがだんだん外へ伝えられるようになった、という説もあるそうです。

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まだまだ奥深いのですが、絹のお勉強ここまでにします。

またいつか再開したいと思います。

翌日は真鶴へ向かいます。

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2015年7月 4日 (土)

日本絹の里 1

携帯のインターネットを屈指して調べた

高崎市にある「日本絹の里」、

なんと2時間に1本しかバスがない!

でもそのバスに乗っていくしかないみたい。

朝からバス会社に電話して、絹の里にも電話して往路と復路をフィクスして

出かけました。

前橋駅から所要30分なので遠くはないのだけど、

とても遠くへ行った気分。

Img_5665
きょうはあんまり写真がなくて、書き込みが中心ですヨ。

日本の絹産業についてこれまでの疑問点を、絹の里の学芸員さんに徹底的にインタビュー(笑)。

もちろんアポなしの突撃ですが、

学芸員さん、とても詳しく展示を見ながら解説してくれました。

(その方とサヨナラした後にも別の学芸員さんが出てきてくださり、最後は入場口の方がバス乗り場まで案内してくださり、すっかりお世話になってしまいました~。ははは。)

前回前橋に行ったとき、新幹線が県庁所在地の前橋ではなく高崎に留まるのが、何となく気になり群馬県の歴史をちょっと調べてみたことがきっかけです。

http://ateliermanis.air-nifty.com/blog/2015/05/post-48fb.html

絹産業ってすごく大きな産業だったんだな、と。

社会科でどう習ったかはすっかり忘れましたけれど

これまであまり知らなかった事が多い気がして、今回はじっくりお勉強です。

以下「」内は学芸員のFさん談。

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日本の養蚕と絹織物は明治の絹産業よりもはるかに前に始まっていたと聞いたことがあります。

絹は朝鮮半島、中国からの輸入だと思っていましたが、

どうやらとても古い時代から作り始められていたようです。

「正倉院に収められている御物の中に752年に収められた絹織物があります。日本ではもうその頃に養蚕は始まっていたと考えられています。中国では紀元前2000年前から始まっていたそうですよ」

「上州こと群馬県は、太田市などに前方後円墳が残っています。弥生系の渡来人のなかでかなり位の高い人たちが入り込んでいたと思われます」

Img_5666

「なぜかというと、この辺りは貝塚も出るようなところがたくさんある。利根川あたりまで当時は海だったんではないかと」

東京都、埼玉県はまだ海の底だったのかも、という説です。

「山に囲まれ平地が広がる上州は、縄文系の人たちがどんどん南下してくるのを防ぐための要所として使われた可能性があります」

このところ縄文系と弥生系の人相とかが少し比較され始められていますけれども、

教科書では縄文時代=石器時代で竪穴住居、弥生時代=埴輪文化で高床式住居、と、時代が変遷したように習ったので、二つが違う人種だということを私も大人になってからはじめて知りました。

そういうわけで、群馬県には古代からかなり高度な文化的なものが入り込み、養蚕も当然それとともに入ってきたのではないか、とのことなんです。

ふむふむ。

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以下は別の本からの抜粋です。

「絹をつくる技術は中国発祥で5000年位前からと見られています。

日本には3世紀末に書かれた魏志倭人伝に「蚕桑」という言葉が出てくるので、大体2000年位前からの歴史と見られているようです。

大化の改新後は税金の一部として絹織物が貢納され官人の給与の一部として支給されていました。絹が社会の重要産物であったことが分かります。

その後武士の世の中になると、質素を旨とすることになり絹は減少。

室町・安土桃山時代に茶の湯・能の隆盛で袱紗や衣装にふたたび絹の需要が増えました。

そして江戸時代になると、またも倹約思想となり減少。」

この浮き沈み、おもしろいです。

絹っていつの時代もほかの繊維と比べて特別視されていたんですね。

「江戸のころは参勤交代の請け負わせなどで諸藩は次第に窮乏していく。

財政立て直しのための産業復興の中で絹は各藩で積極的に生産され始めた。」

ちょうどその頃にペリー来訪、明治3年に創設の富岡製糸場、という流れなんですね。

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長くなるので、きょうはここまで。

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2015年5月 9日 (土)

バリ布の流行にハイタッチ

話しが再び遡りますが、

4月の帰国中に

1月末にインドから送った荷物の最後のものがやっと届いておりました。

送ったはずが、出荷元の方で荷物を梱包した際入れ忘れたものがあり、何度も何度も催促して、再度送ってもらって、

それがまたジャカルタの税関で3週間くらい留め置きになり。

留め置き料と通関手数料と、何だか全然わからぬ書類不備のペナルティとで

中身の5倍近くの金額を払った末。

ようこそ、届いてくださいました。

さぁ、今から、開けますぞよ! (右下はカッターナイフ・笑)

Img_5173

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やっとインドからの布が全部そろったので

先日、バリの布市場へ久しぶりに行きました。

布好きなマニスのお客さまが来られると、お決まりのツアーがあるのですが

この布市場まで行く時間は普段なかなか取れません。

某日、旦那さんに頼んでわがままツアーで行ってきました。

Img_5190久しぶりのバリのイカットにワクワク♪

一頃に比べたら価格もずっと上がっていてたくさんは買えないから、

ゆっくり吟味します。

バリの中にも流行があって、昨年はシブい色目の幾何学柄が多かったのですが

今年はまたカラフルがリバイバルしている模様。

こちらのものをチョイスして、

Photo

来週から仕掛かります。

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こちらの市場、クルンクン・パサールは

バリのセレモニーのためのその他のものがいろいろ。

お供え物を入れるかごも、今年はカラフル!

Img_5192
何か、これ買わずに帰るの? 、と、後ろから視線感じたりして(笑)。

買いませんでしたけれど(笑)、

しっかり硬く編まれた手仕事のカゴ(従来の技術)に塗料でかわいく波ギザ模様は、

上の写真の右上にもある布とおんなじで、この先かな~り流行する兆し。

バリの近くのペニダ島出身と言われている波ギザ模様の透かし織りは、

目下バリの中で新着オシャレの代名詞かも。

(自分はそれほどピンとこないゆえ、詳しい写真が全然ありません。)

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マニスの定番生地「バリ手織シャンブレー」を織っていただいている

手織工房さんにもお立ち寄り。

波ギザ模様のニューウェーブに触発されてか、

こちらではダブルイカットのニューウェーブに取りかかっていました。

Img_5287_2
これは縦糸。

緯糸はどんな感じで入るのか。

4か月がかりでの作業になるのだそうで。

(ふつうのバリイカットは緯糸だけが絣なのです。)

バリの手織り工房が「新しいことをやってみよう」、「もっと難しいこともやってみよう」、と

本気を向けるのもこの10年以上で初めての事かも。

その位、隣の過疎の島からやってきたらしい「なぜかカラフルな波ギザ」は、新派なんですね。

現存の機屋さんたちをヤル気にさせている事に、まずは、ハイタッチ!

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本題とは関係ありませんが

先日これまた

うんと久しぶりに訪れたランの花の専門店。

Img_5289
たまたまですが、スモーキーな写真に共時性。

(自分の中で。)

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(^_^)/~





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2015年3月23日 (月)

カランガスム2 トゥガナンのグリンシン

ご存知の方も多いかと思いますが、

バリの布というと「グリンシン」。

ダブルイカットです。

Img_4972

非常に難易度が高く、ものによっては何年もかけて織りあげるという

特別な儀式のための、魔よけの布。

バリアガと呼ばれる数少ないアニミズムの人々によるものです。

Img_4973
バリの多くはヒンドゥ教の影響と古来からの信仰がMIXされている「バリヒンドゥ」。

バリアガは古来からの生粋なので、より一層バリ的であると言えます。

布に詳しい方は何度も聞かれていると思いますので以下省きますが、

最近バリの中で、この4方向のモティーフが流行っているようす。

そうですね、恐らく15年ぐらい前には日本からグリンシンを織る勉強の為

こちらの村に長期滞在した方も多かった。

Img_4955
トゥガナン村です。

私も、たぶん10年ぶりくらいに行きました(笑)。

でも、ほとんど変わることなくて、そのことに小さく感動いたしました。

何しろ、村に入る手前で「入場料」を払うような、観光地。

Img_4962
山間にある子の村では相当雨が降ったようすで、

そしてこの日は村の儀式もあったそうで、集落の中央では村の人たちが忙しそうにしていました。

Img_4963
礎石に柱を刺して、くぎを使わない建て方のロングハウス。

その左右に村人の住まいが並んでいます。

Img_4965_2
家々の多くには「ダブルイカット」の看板があって(写真のお家はたまたまそれがありませんでした!)、中はそれとなくお土産物屋っぽいのですが、どこもほとんどオリジナルはおいていなくて

市場から仕入れてきたのかな~(笑)、という感じの

カジュアルな腰巻とかが多かったです。

でも一件だけすばらしいコレクションを持っているお家があって。

Img_4970
10~20年くらい前の作品とのことですが、絵絣でした。

たてよこ絣なので4方向柄。そこにヒンドゥ的なモティーフが入っているのがモダンなのかな?

詳しく説明をしてくれたこちらの方が、尋ねるまでもなく値段を明かしてくれました。

一体いくらだと思います?

何と、真ん中の茶色いのは約100万円。

……ミュージアム級ですね。

本当の価値はシロウトには分かりませぬ。

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ちなみに、冒頭のグリンシンの写真(2点)も同じお家のもの。

お値段、なぜか数万円。

いえいえ、それが相場かと。(笑)

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久しぶりにバリの布を探訪しました。

服地になる布は近隣ではなかなか難しいってことが再確認されましたけれど

次回はヌサテンガラの別の島々を、なんて、今から。ムフフフ。



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