2021年3月21日 (日)

マニスの旅・2020年2月インド その5

2020年2月のインド・回想録的連投の続きは

カルナータカ州。

令和2年2月22日は、

初めての南インド、バンガロールの一日、

その翌日はメルコテという遺跡がある古い町で手つむぎのコットンを作っている

ヤナパダ・トラストをお訪ねしました。

・・・・・・・・・・・・・・・

2・22は土曜日。一般の布関係も営業しているので

何件かお訪ねしてみました。

ええと、そうですね、

何かその前にありました。

あ、そうそう。

この街、バンガロールは現在はベンガルールと言いますが、

これまで知り合ってきたインドとは何かが違います。

「コーヒーください」→「はい、マダム」→「ん? これ、チャイですか?」→「はい、マダム」→「コーヒーはありますか?」→「はい、マダム」

みたいな会話が多い。

何というか、要点に行きつくのにいろは坂を通るみたいに行っては戻り、直線で行けない。

また、

「明日行きますからね」→「はい、とても楽しみにしていました。しかし、私は明日いません」→「え、どうしてですか?」→「今ムンバイ行きの列車に乗っているからです」

1週間前にブッキングしていたというのに。

「明日9時に迎えに来てね。」→「了解です。では、明日9時に」→

この先、もうお分かりですよね。

9時に来てる確率は低い。けど、8時半にもう来ていたりする!!

しかし、インドのシリコンバレーと呼ばれる街でもあります。

(大丈夫なのか、それ?)

タミール系の人々が多い地域ですが、この性質はタミール的なのかどうか。

バリ島から来た私には比較的あるあるですが。w

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布関係を回って早めの夕方。Rain Treeというショッピングコンプレックスへ。

アノーキーなど大手ブランドのほか見たことないブランドのものも多数。

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中にカフェもあって、にぎわっていました。

あまり自分に向くものがなくてがっかりしかけたところ、

このガンジーアイコンな刺繍のブラウスを見つけて、即買いました。

見てみて、この可愛さ♡

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SALT WARKとNO TAX、SALT MARCHは

1930年代にマハトマガンジーが英国の塩の独占に対し非暴力で行った「塩の行進」のこと。

インドの心はいつもガンジーと共にある。

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赤い刺繍部分の裏には当て布があって、その間の三角部分は1枚仕立て。

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生地は縁が緑色のドーティ(男性用腰巻)を使っていて、

初期のアトリエマニスを思い出す雰囲気もあって、

運命の出会いのよう!

コロナ時代前、このブラウスが最後の買い物だったな~、なんて

大切な思い出の品となりました。

・・・・・・・・・・・・

その翌日は遠出です。

片道3~4時間のメルコテへ行くので早朝出発です。

冒頭にて触れましたが、

バリ島からメールで訪問日を再三伝えていたと思うのに、責任者不在という、アレです。w

代わりの人が迎えてくれ案内できると言うので予定通り行くことに。

朝7時に開くというホテルのカフェテリアがまだ開いていなかったりすることには

もう驚かない。

出発ギリギリまで粘ってこれだけの量を平らげるワタシって、どう?

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テーブルがタイルだった件が懐かしい。w

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カルナータカ州の土地は、メイソールと言うかつてインドの王国の中でかなり勢力を持っていた地域。

この土地では綿の栽培がおこなわれており、メイソールコットンと呼ばれています。

(原種綿かどうか正確には分かりませんでしたがそのようなお話しでした。)

サバンナ的な乾燥地帯をひた走り3時間。

メルコテは小高い丘の上の小さな古い町。

坂道の途中で長いおさげに花をつけた女性たちの群れ。礼拝の帰り道だったらしい。

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着きました!

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まずは「チャイorコーヒー?」→「コーヒーお願いします!」

コーヒー出てきました。パチパチパチ!

南インドコーヒー! ネスカフェじゃなくて!

けど、ミルクと砂糖はたっぷり。w

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ヤナパダ・セヴァ・トラストはガンジー思想に基づき60年前から引き継がれて来た社会的組織。

メルコテはインドの中でも古い聖地のひとつで、観光客も多数見かけましたが

決して全面的に観光に依存するような街ではなく、そのことがフロムバリの私には印象的でした。

……自立しているのです。

(ヤナパダのプロジェクトが貢献している部分は大きいのかもしれません。)

そのひとつは孤児の養子縁組です。

ここには孤児院があり、訪問した時には確か十数名の子供たちがいました。

生まれたばかりの赤ちゃんもいて、支援者からの寄付で良好な環境と施設の中で生活していました。

つい最近(当時)、一人の子供が海外の里親のところへ行ったばかりだと聞きました。

写真の門の中に孤児院と、そしてもう一つの社会事業のカディコットン生産で作られた布の在庫室があります。

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下の写真は、テキスタイル部の在庫室で買ったもの。

キッチンクロスのようなチェック柄。

あるだけ出してもらって品質を見て選ばせていただきました。

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館内の仕事場に掛けられていたマハトマガンジー。

亡くなった時に1枚のドーティとメガネと履物だけしかなかったという事から

カディコットンを扱う仕事場の多くでこの絵写真を見かけます。

西洋画のようでそうではない描き方にも惹かれます。

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縫製室。

織られた布でいろいろな商品を縫って販売しています。

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ミルクメーカーからの注文で、おじさんがつくったバッグなんだって。

フランスのクリームチーズ、「笑う赤い牛」のようなマークじゃありませんか?

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孤児院は写真不可だったのだったので載せられませんが、

LIONという映画(ご存知でしょうか?)の切なさを思い出して

インドの暗闇というか、見えないけれど実際にある断片を思うと

何か泣けてくるのでした。

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最初の、コーヒー頂いた場所に戻ってお昼をいただくことに。

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電線の向こうに見えるのがメルコテの遺跡。

写真の左側が孤児院&在庫室の敷地で右がその上の写真(扉の)建物です。

街の中心地ながらとてものんびりとした雰囲気の場所。

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お昼ごはん!

素朴でおいしかった!!

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午後は、そこから数キロ離れた布の工房を見学です。

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敷地は広くて、研修センターや宿泊施設も。

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経糸のセットをしていました。

生成のカディコットン。

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産地によってさまざまな巻き取り機。

作り方、使い方もさまざま。

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布のクオリティはこの仕事の質によってかなり決まってくる。

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使い込まれた道具たち。

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織機にセットされた図。

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茶綿を使っているものも。

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織姫が作業をしている。

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手紡ぎのせいか糸の不均一が味わいになって。

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糸巻、チャルカはガンジーさんの象徴でもあり、実際にインド各産地ではほぼ同じ形のものを見かける気がします。

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カーディの思想を忠実に受け継いでいるかのような、こんな無垢なコットンがサリーとして織られています。

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こちらは染場。染める前の糸と布。

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染められた糸。すべて天然染料によるもの。染料になる草木は敷地内でも栽培しているそう。

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案内いただいた後、

インスタにビデオを掲載するから何かしゃべってください、と唐突に言われて

口から出まかせでハッタリ英語でしゃべりましたが

あまりの恥ずかしさに自分でそのビデオを見ていません。

いや、ひどすぎて主宰者が消している可能性大。w

ただ、

ここにある布づくりの基本はかけがえが無い遺産だと思った事、

それをどのようなプロダクトに使うかを多くのデザイナーが知恵を絞っていくべき

未来につなげていけるようにと

しゃべった気がします。

旅の恥もかき捨てにできない、ネット時代の意外な落とし穴に遭遇。w

ちなみにこのヤナパダを主宰しているサントシュさんは、不在ながらも

リモートであれこれ手配してくれていて

ムンバイの行き帰りの列車から何度も連絡をくれて

ここで既にコロナ時代になっても全然大丈夫という予行練習が出来た気分でした。

「で、なぜにあなたは今ムンバイ?」→「娘がインド舞踏家でその舞台を見に行くので」→「はぁ?」→「すべてはスタッフに委任してあるから安心して来てください!」→「はぁ」→「あなたに会えなくて本当に残念!」

結果的に全部、サントシュさんの言葉通りでした。

経由地点はいろは坂でも、同じところに行きつく。

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次回もメルコテ続きます。

せっかくなので観光もしてみた編です。

 

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2021年3月20日 (土)

マニスの旅・2020年2月のインド その4

2020年2月のインドを1年後の今、回想しながらご報告しております。

少し間が空きましたが

引き続き「アーメダバードの旧市街界隈」です。

その3ではランチとミュージアムまでで、ばちっと切ってしまいましたが

ココから先が迷宮です。

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1年前の2月21日(金)午後。

グーグルでの位置情報とブローシャーのヘリテージ地区物件位置を照合しながら

歩き始める。

 

迷宮へのルートは

この昼食の場所へ向かう途中車から見た場所に戻る感じでした。

魅惑的な建築物とにぎわいの場所を通り抜けながら、

(車窓に目が張り付きそうになるくらいガン見して)

そのまま通過してしまうのはいつもの事。w

そんなに見たければ、タクシーに停まってもらえばよいことなのに

言葉を飲み込んでしまう自分がじれったい。

目的地がせめてその魅惑エリアからあまり遠くありませんようにと祈って

こうして歩いて散策できることになったというのは

もちろんただの偶然です。(笑)

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路地裏が好きな方には、そそられるかも。

私は昔ちょっとだけ住んでいたフランスの田舎町ですっかり路地裏好きとなりました。

スマホのバッテリーが残り少ない事を気にしながら、

撮った撮った。

見たものを覚えてはいないけれど、写真に写り込んでいるいろいろなものから

その瞬間がよみがえります。

ヘリテージ地区へ行く途中は

まっすぐの道を行かずにわき道を行ってみました。

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小さな公共エリアの前にあった壺たち。

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写真が暗いですが、いろいろな窓の形。集合住宅の均一ではない何か手作り感。

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看板が無ければイスラミックな遺跡みたいなアパート。

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普通にここで暮らしている人たちが、普通に歩いている。

マスクの前の時期。

その後どうなったかなぁ、と思います。

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インドではペットのように飼われているヤギも時々見かけられますけど

なかなかにいたずらっこ多し。

ヤギですからね。白ヤギさんでも黒ヤギさんでも責任など取らない人たちですからね。

この人は工事中の場所でケーブルに何かやらかしておりました。

ワンコになら世界中どこでも魔法をかけることができるけど、ヤギさんにはまだ修行が足りない私。

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一見几帳面に見えるスクーターの停め方には理由がありますね。

ラッシュアワーになれば1センチたりとも譲れないいろんな乗り物や人の往来があるはず。

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あら、目線付き。(笑)

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レンガ置いてる人は誰ですか??

その前にここは車は無理って感じですね。

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青いドラム缶は寒い季節に暖を取るものかしら? 

雨除けのシートやらエアコン室外機のフードやら、いろいろ突っ込みどころ満載ですが

こんなのびのびとした風景、コロナ時代の後にまた巡り合いたいものです。

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お互いに支え合うのが路地裏ね。(隣の外壁に依存してる。)

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さて、路地裏を通り抜けここから先がヘリテージ地区。

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ハシゴor階段。中が気にな~る。

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タクシーから見た魅惑のエリアは、ここ! 旧市街のメインストリートでした。

多くは布やサリー、服の店。

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マネキンさんの上の扉に目が釘付け。電線があやとりみたいになっています!

横にも上にも目を引くものがいっぱい。

そういえば

インドではこうした繊維街みたいなのをよく見かけます。

そして大抵にぎわっている。

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ピーナッツいらんかね~、掛け声が歌のよう。

楽しそうに豆を炒りながら移動するピーナッツ売り。

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チャイハネもドンキも負けそうなにぎやかさのトリプル・ディスプレー!

あれ取って、とお客さんに求められどうするのかな~、と思ったら

長い竿出してきて取っていました。

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メインストリートからわき道に入った辺り。この辺りにも繊維関係が多かった。

ブローシャーの地図の物件は結構点在していて見切れなさそう、

グーグルのオフラインはバッテリー不足なのでそろそろ切って、あとは適当に歩く。

突き当りや片側クランクが多いけど、迷いだしたら逆行すればよい。

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ブローシャーに出ていた物件の一つ。

夜にしかオープンしないと書かれていた礼拝堂のような建物。

無色の装飾はヒンドゥのようなイスラームのような。

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ヘリテージ地区といっても全体にリノベされていて本当に古い建物は少なかったかも。

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世界一小さなカフェ、と呼びたい。

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別の路地に入ると、、

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やや壊れかけているようで生活感がある遺産。

この左側に更なるクランクがあるのだけど、もうそろそろ引き返さなくちゃ。

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さまざまな文化が取り込まれた感じ。

美しいです~。

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いつかまたアーメダバードに来ることがあったら

当初行こうとしていたアターラジの階段井戸の方も見に行ってみたい。

アーメダバードは2017年に町全体が世界遺産に登録されたそうで

ヘリテージ地区は街のあちこちにあるようで、

これまで何度も来ていながら全然出会っていなかったのが不思議。

そもそも、いつも布ばかり見ていて周りを見ていない!

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迷宮の入り口に戻ると、さとうきびジュース10ルピーにたくさんの人々。

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そろそろお暇です。

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歩いて戻る時間を逆算していたのだけど、そうだ、オートにも乗ってみよう!

ブイブイと走るとこがやっぱりマサラ。

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で、結果的に全然早くアガーシャに戻れてしまったので、

最後はチャイした。

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やれ、もう出発。何しろ24時間ちょっとの滞在、アーメダバード。

待たせていた車に乗り込み空港への道すがら、

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モディ大統領とトランプ大統領の看板がやたらに目につく。

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ドライバー氏に尋ね、ここで初めて気が付いたのですが、

数日後にトランプ大統領が米国からアーメダバードへ直接来るという。

モディ氏の出身地であるこの街に作られた国際仕様のスタジアムの竣工記念みたいなものに合わせ

来印。前日到着した時にはいなかったと思われる多数の警備警官。

良かった、重ならなくて。

お先に失礼します~。

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搭乗口手前。

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最後の写真はIndi Goエアの地上係員さんのコスチューム。

肩パットが入ったショートコートとハマトラっぽいニットが

最高にかわいいです。

機内のアテンダントはパンナム風のシャポーを乗っけていて

これもかわいいのです。

その前に、インディゴエアという社名にメロメロですよ。

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さ、お次は初めてのカルナータカ州バンガロールへ。

 

 

 

 

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2021年3月 1日 (月)

マニスの旅・2020年2月のインド その3

昨年(2020年)のインドの旅日記、続行中です。

グジャラート州アーメダバードはガンジーアシュラムがある事で知られますが

現職モディ大統領の出身地でもあり、

記念として作られたスタジアムのオープニングに合わせて数日後

米大統領がアメリカから直接アーメダバードに入るという、

シャンパンが泡立つような時期だったかもしれません。

10年前とあるお店からの、そこから知り合った人からのご縁で

何度も通ったアーメダバードでしたが、

アトリエマニスはこの日残念ながら全面撤退でした。

その案件の為に苦心して差し込んだ1泊2日でしたが、

午前中の1時間ほどであっさり済んでしまい

夕方のフライトまで時間があるので

こんな時こそゆっくり贅沢にランチだ! と、ネットで調べて行ってみた。

お世話になっていた場所が旧市街の近くだったので、その界隈の。

……というのが迷宮の入り口で。

こんな場所があったとは!

(この先長くなりますので2回に分けますw)

・・・・・・・・・・・・

で、ネットから、

目的にピッタリな感じの場所が拾えたので歓喜して直行しました。

レストランというか、ホテルのカフェテリアです。

建物の横に後から作られたような感じのオープンスペース。

欧米人グループ、見るからに上流階級風のインドの人々がゆったりと会食中。

それよりもまず先に目についたのが

テーブルの呼び鈴!

(これは絶対使ってみたい。)

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厨房はオープンスペース。

スマホで写真撮るだけでも目線が来るなー♡

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キレイに手入れされているホテルのパティオ。

旧名はアガシエ(Agashiye)という名のホテルらしい。

※アガスティアと勘違いしていました。訂正しました。

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ベジタリアンのミールスを頼んでみました。

真鍮のプレート&小鉢はよく磨かれていて

いろどりも良くて

気分が上がります。

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このキュウリとコリアンダーとピーナッツのサラダは

マニスバリ・食品部ゲリラ弁当でも真似して何度か作りました。

これまでの中で最高のミールスでした。

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テーブルに置いてあったブローシャーを見ると、

ホテル主催のヘリテージ地区徒歩ツアーというのがあり、

また、館内にはオーナー一家が収集したラジャスターンのテキスタイル博物館もあるらしい。

お昼を食べたら近隣の階段井戸の遺跡でも見てみようかと思っていたけど

これでもう午後の予定は決まった!!

呼び鈴チャリン、として給仕に聞くと、ヘリテージ地区は比較的近くであることが分かり

ツアーじゃなくても行ってみることが出来そう。

旅先の、こういう出会いがしらの、行き当たりばったりには

ついつい期待かけすぎちゃうのが悪いところなのだけど、

すでに前のめり。(笑)←当時回想。

・・・・・・・・・・・・

心を落ち着かせなければ。

また呼び鈴チャリンして

南インドコーヒーというのがあったので頼んでみたら、

ネスカフェじゃないのが出てきて喜びの涙。

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まずはテキスタイルの博物館、見に行きます。

階段を上がったところから垣間見る吹き抜けのラウンジ。

インテリアに目が釘付け!

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吹き抜けスペースを利用したブランコ型のソファが素敵なうえ、

グリーンと白のラウンジソファの考え方も床の模様も

オセロ??

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館内撮影禁止だったのですが

ラバリ族の刺繍、絞り染め。ほか、手仕事がたくさん。

照明や展示の状態もキャリコミュージアムに比べて格段に良かったです。

併設のミュージアムショップの内容は、展示品レベルのものもあったりして

ドキドキしてしまいましたが、全部をゆっくり見て栄養補給して

手ぶらで去ることが出来たのは偉かった。w

そこで本気になって物色していたら、その後の時間が無かったことでしょう。

あぶない、あぶない。

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では、お次はヘリテージ地区。

結果的にここの訪問は

アーメダバートにはまた来たくてしょうがなくなるものでした!(笑)

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2021年2月26日 (金)

マニスの旅・2020年2月のインド その2

引き続き1年前のインドの旅日記です。

西ベンガル州・コルカタからフライトで

グジャラート州・アーメダバードへ移動。

インド上空って晴れていても結構揺れるので毎回寿命が縮まる思い。

そもそも、私のような貧弱な心臓の持ち主は飛行機自体が合わない。

自転車くらいがちょうどよい。

今、飛行機に全く乗らないばかりか列車にも乗らない1年が過ぎて

初めて昼間に眠くなったりして、何なら昼寝なんかもしている。

飛行機を乗り継いでわざわざリゾートに出向いて、こうしていたかったのにな、って

あれが出来る人たちがいつも羨ましかったです。

旅先ではちょっとの時間でもじっとしていられずに動いてしまうのはなぜ、と

いつも自分へ問いかけるも「性質(たち)」としか思えません。

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3日目。

2020年2月20日(木)。

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深い意味はありませんが、最初は同じ写真を貼ります。

1年前の今頃の事が写真のおかげで結構思い出せます。

この写真見て、そーそー、

この先は、荷物がなかなか出てこなかった!

と言うところまで(笑)。

1年かそこらですっかり変わっていたのは「壁紙」。

テーマパーク的神殿の再現でした。

写真で見ると本物感が出ますね!

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市民の皆さんは呆れながらも知っていました。

米大統領の寅さんがあと何日かでアーメダバードに来ることを。

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って、ちょうど呆れた感満載の写真も出てきて笑えます。

(実際は荷物待ちw)

そして、ガラス越しは神殿の庭?

どちらもフェイク。だけど、頑張った感。

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かっ飛ばすオートを追い抜くタクシーの車窓から。

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この橋、の下の川は、マハトマガンジーが

1滴の水も無駄にせずとアシュラムで語った聖なる土地です。

BGMにはブギウギを掛けてよ、ダーリン。

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独り言ばかりですみません。

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ホテルに着いて、これまたビックリするほどフェイクなので三重苦!

トリップアドバイザーの写真では、シンプルで落ち着いた印象だったのに。

それに、確か、エアコンか換気扇の音がすさまじく

全然落ち着かないし

まだ日も高いので

両替所を求めてグーグルマップのオフライン機能で彷徨うことに。

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アーメダバードは何度か来ているものの、街歩きはあまりしたことがありませんでした。

ホテルから出てたぶん数分のところで撮った上の写真は

よく見るといろいろな事がいっぱい。

自転車の手前の落ち葉を燃やした跡、大木の横に寝床なのかカウチなのか見まがうマットレスと枕。

幹には神様をおまつりしてある。

その横で目線が来ている人の姿。

自転車はこの方のもので、この方はここで寝泊まりと言うか暮らしているのかどうか、

今となっては知る由もなく。

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↑ お互いにもたれ合って立っている(建っている)。

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壁に喰い込んで立っている。その上をケーブルが。

ついでに看板はそこに掛けちゃう。

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グーグルマップの両替所、1か所目は閉まっていたので

2か所で閉店間際に滑り込み。

ぐるっと回って別の方角からホテルに戻る途中の幹線道路に面した住宅で

夕暮れ時、屋内から椅子を運び出してきて人々が集う。

客人なのかな。

階段が梯子みたいだな。

楽しそうだな~~~。

・・・・・・・・・・・・

続きます!

 

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2021年2月24日 (水)

マニスの旅・2020年2月のインド その1

丸1年経ってしましました。

私の中では、なかなかこれを投稿するタイミングが訪れず

ナントそのうちすっかり忘れていました! 

いや、行ったことは覚えているのですがブログを書いていなかったことは、、

今改めて写真の整理をしていると

ピンボケも含めしみじみとしてしまいます。

2020年の2月。

行こうかどうしようか揺れながら、その時行かなければ当面行けなくなるような気もして

実際ほんとうにそうなってしまって

夢の中を生きているような心地さえします。

今たまたま、大竹昭子さんの写真と日記についての著作を読んでいるのですが、

写真には意図して切り取ったわけではないものが入る、面白さがあるという。

たまたま入っている情報(笑)のおもしろさにゲラゲラ笑ってしまい

なかなか作業がはかどりません!

これほどのタイムラグでブログを書くなんて

我ながら面白すぎるし、

何て言っても懐かしの場面の中の重要部分とは相変わらずアッツアップなどで

あーだこーだとやりあっているので

センチメンタルには及ばないという、マニスの旅です。

どれだけ根無し草の私でも、今は定住生活で自由自在。

すごいね、これもスマホのおかげです。

・・・・・・・・・・・

はい、そんなわけで

いきなり番外編まめ日記・連投で行きます!

覚えている範囲で頑張ります!

・・・・・・・・・・・

じゃーん!

2020年2月17日のシンガポール、チャンギ空港。

ここから先のコルカタ便はシルクエアという系列会社のフライトです。

まだコロナの状態が分からなかったので、用心して使い捨て食器の店の麵をすすり

乗り継ぎゲートへ。

麵をいただいている最中にびっくりな電話がかかってきて(投資信託の勧誘wwwなぜにここでwww)

通話しながら食べ終えたトレーを清掃係のおじさんに渡したのを覚えています。

そのおじさんが「承知しやした!!」みたいな表情だったのが印象的だった。

殆どの人がマスクをしておらず、ドキドキだったことも心に残っています。

バリ島からインド各都市はシンガポール乗り継ぎが便利ですが

マレーシア航空を使っている友人もいます。

クアラからエアアジアという手なのかも。

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夜11時半くらいにコルカタの宿に着く。

時差3時間半だから体内時計深夜2時くらい。

そこからの荷ほどきはけっこう目が回りますが、翌朝には予約した時間に朝食。

自宅からの生活から切り替わるこの最初の朝ご飯で

いつもスイッチ入るんです。

脱・主婦、脱・日常。そうそう、これが旅。昔はずっとこっち側だったけど、って。

(初日はコンチネンタルを選んでオムレツ、ベイクドビーンズ、マッシュルームソテー、ソーセージ!)

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同日のランチは家庭料理のまかないごはん。

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いろいろな注文先を回って、夕方は両替屋へ。

コルカタの中心部パークアヴェニューという通りの近くなのですが

物乞いの人も、何かの客引きの人も、屋台もあれば英文の古本を露店で売っていたりもする。

デパートやレストランもこの辺りに多く毎回スリル満点です。

携帯のSIMやチャージも安価にすぐにできるのです。

20年以上前に訪れた初めてのコルカタはこの地域だったけど、

映画の中にいきなり飛び込んでしまったかのような喧噪の渦だった。

パークアヴェニューも近い将来シンガポールのオーチャード通りみたいになってしまうのかなぁ、と。

まだキレイになっていない手付かずの街角、

まだまだ残っていて欲しいです。若い世代のためにも。

追記:パークアヴェニュー、後から考えてみたら東京だと上野~御徒町の雰囲気に似ているかもしれません。

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約束より大分遅れて夜ご飯を宿で。

給仕の若者は新人なのか、闊達なタイプでいろんな質問を浴びせられたけど

おしゃべりを続行するにはいささか体力が限界でした。

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ゴハンの写真だけが充実していた初日のコルカタ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2020年2月19日(水)

バリではこの日がガルンガン、自分が出発した2日前より4日間の休暇中。

ボスの私はこの日、コルカタでのお仕事でフル活動。

午前中に訪問した先では、注文しているピンタックの服の縫製チェック。

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アトリエマニスの服はほぼ全部バリスタジオで縫っていますが

インドの皆さんの仕事も含めていきたいと

製品づくりをお試し中です。

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この時の服が、その後インドの2~3か月に及ぶロックダウンで日本に届いたのが初夏でした。

途中でハリケーンによる西ベンガル地域の水害もあり、一時は諦めていたので

無事届いただけでも御の字です。

眉間にしわが寄る! ミリ単位のピンタックです!w

日本での自粛期間とも重なってしまいせっかくの彼らの仕事があまり見ていただけませんでしたので

今年は価格訂正をして春先から各地のお店にお送りしています。

西ベンガルの手織カディによるピンタックワークのシリーズ、

皆さまに着ていただけたら嬉しいです。

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この工房を出て、次の訪問先へのタクシーを待っていた場所は

昔ながらの仕立て屋さんの前でありました。

コルカタは地震などの影響が比較的少なく

古いものが連綿と残り新しい文化が次々覆いかぶさる

多重層な街なので、

フツウの人々が生活しているフツウさが、もう、迷宮のようです。

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・・・・・・・・・・・

インド3日目。

その翌日の2月20日、

お昼のフライトでゆったりスケジュールの移動日。

インド国内線移動の教訓からはたくさんの事を学びましたが

今回は違う側面からの。

タラップは車いすバリアフリーに主軸が置かれたスロープ式になっていました。

(写真はアーメダバード空港です。)

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続きます。近日中に。

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2019年8月29日 (木)

6月から7月の。追記

ちょっと時間が経ってしまいましたが、

8月ももう終わりに近づいてきましたね。

夏休みももうそろそろ終わり、少しずつ秋へと近づいているでしょうか?

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こちらは東京滞在中に1日だけミュージアム巡りの日。

息子が選ぶはやはり科博(しかも常設展だけ!)。

私はココ。

塩田千春展at森美術館です。

皆さまももう行かれましたか?

「天気の子」は諦め(バリでもどうせ観られるからと!)

日曜日だったので、友人も誘って皆で見に行きました。

表題「魂がふるえる」、です。

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展示の撮影OKで、インスタで情報が広まりつつあるそうで

チケット売り場へ行くと「40分待ち」との事でしたが、15分くらいで入れました。

上の赤い糸のインスタレーションは、感動的です。

糸をあやとりのように絡ませたもので、壁にはホチキスでひとつひとつが留められている。

ものすごい手仕事。

そして、この空間の持つ独特な気配。

「糸がやがて面から空間となり、作品は糸が視覚で追えなくなった時にはじめて完成する。

その時私はその向こう側が見え、真実に触れる事ができているという気がする」、と作者。

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さまざまな素材が使われていますが、

こちらは古い窓を重ねて丸く囲んだインスタレーション。

奥行が感じられる構成で、これまたシュール。

私もずっと暇人だったころ、ドアのインスタレーションの構想を作ったことがあり、

その時は「ドアというこちら側からでも向こう側からでも同じもの」の深い意味をひとり探索していましたが、

塩田さんの窓の作品を見て久しぶりにその素材の持つコアなもの、

問いかけ、リアリティに迫られてドキドキしました。


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黒い糸の部屋には、燃やされたピアノがあって痛々しかったけれど、

こちらのドレスの表現は美しかった。

下はドレスの上の方から泥と水が滴る展示の写真。

この辺りは尾関立子さんの版画世界にも共通するものを感じませんか?

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53階の窓を使ったインスタレーションもごく理解しやすい、なるほど、なものでした。

向こう側にちっちゃく見える風景と手前のミニチュアのおもちゃを並べたものと。
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こんなにいい展覧会はなかなかない、と、一緒に行った友人はこの前もう一度行ったそうです。

「10月までやってるから、もう一回行ける!」って。

アートが分かるかどうかより、心をオープンにしていけば

お腹いっぱいになるような展示です。

塩田さんは京都精華大学の出身、その後ドイツでの活動が長いそうですが

舞台美術も多数手がけられており、パブリック性の高い芸術表現なので

今後もっと世界を広げられる方だろうなぁ、と。

私の陳腐な感想はとやかく、

まだの方は是非見に行ってください!

きっと、魂がふるえます!

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最終日、リハビリ病院へ駆け足で。

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まだ当分入院中ですが、ご覧の通り元気です。

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成田行きのバスにぎりぎり駆け込んで、バリへ戻りました。

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2019年4月22日 (月)

インド行きました。2019.3 その6

最終日。

ブージから車で8時間、アーメダバードへ移動です。

これまた、遅れてやってきた運転手のおかげでせっかく急いで荷造りしてチェックアウトするも

ホテルの入り口で待つこと30分なり。

まぁ、私としてはアーメダバードに着きさえすれば良い一日なのでのんびり待つこととしよう。

(運転手がUターンで帰ることを考えて極力早い出発時間にしていたのでした。)

そこへ、受け取りそびれていた布をバイクで届けてくれるおっちゃんや

(おっちゃんには頼んでいなかったのだが)、

運転手の手配がどうもうまくいかなくて済まない、と、エージェントのおっちゃんまでやってくる。

出発を見送ってくれる人がいるなんて嬉しいじゃありませんか!

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なんだかんだで11時頃の出発。

通り道にあるアジュラクプリントの産地に立ち寄る。

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素晴らしい、暑さの中。

水仕事はちょっとばかり気持ちよさそうにも見えた。

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アジュラクは皆さまもご存知の通り、ブロックプリントの技法とバティックのような防染の版を用いた複雑な技法です。

洗っているのは、糊を落とす作業ではないかと思われます。

言葉があまり通じないのだけど、普通のブロックプリントだったら洗う行程ってあまりないと思います。

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干場は広大な地面。

日差しが強いからすぐに乾く。

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運んでいる生地は、相当な量。。

荷車に積み込む。

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インド茜の赤が美しい。

染めはすべて天然染めらしい。

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工房の中を見せてくださいました。

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木版を押す早業におどろく。

ゲージもない生地に直接。その割にまっすぐに整っている。

職人技です。

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一つの柄にたくさんの木版が使われる。

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媒染につかう鉄さびの液体。

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うわ、こんな風な廃材の鉄を集めてつくっているんですね。

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これは防染をするための糊。

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乾燥地帯にしがみつくように生えている灌木のひとつはゴムの木の一種だった。

その樹液(ラテックス)を固まらせたものはクリスタルのような透明感がある。

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アジュラクは男性用の布らしいけれど、今ではガーメント用が中心かもしれません。

職場は全部男性、とても質素なところでたくさんの人たちが黙々と作業していました。

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アジュラクの村を後にして、

その後は果てしなく広がるカッチの砂漠と塩田を左右に見ながらひたすら東へ。

8時間という道のりなので、この日が一番ハードだと思っていたら

インドで初めてのまっすぐな高速道路!(笑)

インドで高速道路といったら料金がかかるだけの工事中だらけの道だと思っていましたから~。

また、ホリー祭前日とあってトラックたちも少なくて

時速80キロをキープし順調に走行できる。

結果的に6時間ほどで町から町への移動が出来ました。

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遅い午後に立ち寄ったパーキングエリアで、遅いランチ。

文字だけのメニュー、何を注文したらよいのか。

これまでは決まって「ビリヤニ」で通してきたのだけど、

お腹すきすぎて車中でピーナツやビスケットを齧ってしまった関係で

そうだ、ここは、ドーサにしよう!

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ドーサ一丁、プリーズ!

すると、、

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こんな巨大なものが!!!

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その後の車中は眠気こらえきれずにウトウト。

気が付くとそこは、もう街でした。

(アーメダバードは大きな町なのでここから先がまた長かったけれども)

道端では、ホーリー祭のためのいろいろなモノが売られていて活気がある。

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日が暮れる前に、アーメダバードの快適なホテルに到着。

その後は、ホテルに届いていた別送の荷物を受け取っただけ。

もうそのまま、寝る~~~~。

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翌日、にわかに楽しみにしていた色粉かけ祭りを、寝過ごす自分に驚く。

いや、行かなくて正解だったかも。

今回はまだこの先にシンガポールでの予定があるし。

静まり返った遅い午後に、空港へ発つ前に、通りへ出てみると。

色粉の残骸がありました。

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暴れ具合が、わかる気がする。(笑)

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インドのお話し、これにて終了です。

長々と勝手気ままなブログをお読みくださり、ありがとうございました。

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2019年4月21日 (日)

インド行きました。2019.3 その5

ブージ2日目。

あさイチで向かったのは「ジェットエアウェイズ」のオフィスatブージ。

ここで行っておかないと、殆どもうクレームの機会がなさそうなので

たった2日間の貴重なブージ時間を割く。

オフィスがあるのは空港で、フライト時刻の関係から朝8時から11時までしかやっていない。

これまた遅れてやってくる運転手(約束は10時半)をせかして、

の~んびりしたブージの通りをちょいと飛ばしてもらう。

ブージ空港が軍関係の空港だという事もあるせいか「ジェットエアウェイズ」のオフィスも

防弾ガラス張りで、中の職員はエアコンの入った室内からこちらにマイクを使って話す。

お客のこちらは外気35度越えで椅子もない(これもインドの一つの断面ですね)。

私の前に待っている人、数名。

皆、同じ件です。つまり、「チケット代返して!」

しかしここはもう、逃げ場がないというか、応じないでは済まないと見えて

さっさと返金処理をしてくれました。

はい、これ、返金額ですよ、と提示された数字が達筆すぎて読めなかったワタシ。

それなりに急いでいたので、OK、と言ってしまったのが間違えでした。

クレジットカードを渡してピンを入力したのち受け取った控えには、「1500円」。

担当職員が言うに「あなたがコルカタからムンバイまで乗ってきた分が高かったからですよ」、だって!

エアインディアに4万円払ったんですよって、ちょっと大袈裟に言い返してみる。

職員は慣れているのか全く動じなかったけれど、周りにいた同件のお客らがびっくりしていた。

トータルで17000円だったコルカタ-ムンバイ-ブージ、もともとムンバイ-ブージがとても高い設定だったので最低でも1万円くらいは戻ってくると思っていたし、本当なら振替便代全額を保証してもらいたいところなのに。

結局1500円で済まされるのって腑に落ちなかったから、払い戻し処理自体をまたキャンセル処理に。

後で聞いたところによると、この眉唾航空会社は負債が嵩みニュースにも上がっている。

再建のためにさらなる借り入れをしたばかりだと。

いずれにしても、もう乗らない。それだけです。

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前置きが長くなってしましましたが

本日メインの訪問先は「デシウール」と呼ばれるカッチ独特のウール織工房。

この日の訪問先はとても素敵で、日が暮れる時間まで長居しました。

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デシウール。

カッチで取れるウールです。

実はこれが見たくて、ここまでやってきた。

羊、ラクダ、ヤギを連れ歩き遊牧していたラバリ族の伝統ウールは、靭皮繊維のような硬さがあるのが特徴。

ブージのウール織、実際にはデシウールのほかオーストラリアからの輸入羊毛も使いながら

ラバリ伝統のボーダー柄や「カッチ」と呼ばれるジャムダニのような織柄、ミラーワークを使っているものなど

手仕事が豊富な手織りでした。

織手も染めも男性ばかり。

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よく手入れされた機。丁寧な仕事ぶり。

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掘り下げられた染織用のかまど。

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昼時の通りには人はいない。水牛がウロウロ。

外気は相当な暑さだけど、この時はまだ気温が上がり始めたばかりの季節。

1週間後に来たメッセージで「ついに40度越えになった~」、と。

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「カッチ」と呼ばれるジャムダニのような模様織。

インドネシアだったらビンタン(=星)と呼ばれそうな。

(なんで時々写真が小さくなるのか、、不鮮明でごめんなさい!)

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ショールームを物色していたら、工房のお母さんがラバリの衣装を着て出てきてくれました。

女性はここでは完全に主婦。ちょっと羨ましくもある。(笑)

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ご自宅でお昼ご飯にお呼ばれ。

丁寧に作られた家庭料理が、これまた丁寧にもてなされる。

ステンレスの食器が床にたくさん並べられて、どことなく移動生活の名残なのかなと思ったり。

奥の方が先ほどのお母さん。お料理を配膳しているのがお嫁さん。右の方は娘さん。

よく見ると3人の服装が違いますね。

(お嫁さんはサリーだし、娘さんはパンジャビ!)

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荒涼とした大地の中でこんな豊かなお料理が。

私はここに行く前に「行くよ」、と言ってあったっけ? いや、確か、連絡はしたけどつながらなかった。

だとすると、いつも誰が来てもいいように支度されているのでしょうか???

ここにも移動の民の文化を感じてしまったり。(勝手に想像。)

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午後、別の工房へ移動。

やはり、このかまどがありました!

こちらでは薪や牛糞を使っています。

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天然染めされた糸が軒下にたくさん。

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前日見たカラコットンの織と同じく、経糸を支柱とロープで引っ張りながら織る。

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ここは、自立した、アイデンティティある仕事場。

聞けば、バリのUBUDから定期的に来る人さえいるそうで、

小さな村の一見のどかなウール織のセンスと品質が素晴らしいのは

なるほど、と、頷けるのでした。

それにしても暑さ厳しい砂漠の中に、こんな場所があるなんて。

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庭先で。

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ウールの敷物をかじっている子がいたので

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話しかけてみると、なかなか、話が通じます。(笑)

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お母さんは食事に忙しく。(笑)

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やっと日が傾いてきた。

影がくっきりし過ぎてはいまいか。

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デシウール。ここではざっくりとしかご紹介できませんが、詳しくはウールの季節にまた!

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ブージ滞在でお世話になったエージェントの人が

夜ごはん食べに行こうよ、と誘ってくれたので日が暮れてからお仕事場へ。

親戚の親子が合流。

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2日後に迫ったホーリーで大暴れする予定の彼。

色粉を入れて発砲するガンを買ってもらってワクワク。試しに発砲したら、

結構本格的な音量にてドキドキしている。(笑)

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昼も夜もお呼ばれという。なかなか無い経験をしました。(笑)

しかも、ブージにしてはゴージャスなレストランで!

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食事の後もまだまだ布!(我ながらすごい・笑)

親戚の人たちがコレクションしているラバリの手仕事を見せてもらう。

やはりカッチと言えばミラーワーク。

決め手はこのミラーワークの細やかさにあると思われます。

彼らの祭りの日はどれほど艶やかなことだろう。

着飾ることの楽しみ。その隣にあるのは、こうしたパーツを集めて

祭りで着る服を自分でこしらえる楽しみ。

ここに、カッチの染織の原点があるのかもしれません。

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部族ごとに決まっているモティーフのスカート。

もはや化繊との混合だけれども、デザインが楽しいものばかり。

ここにあるのは過去の遺産ではなくて、現行のものなのです。

酔う。これはもう、底なし沼。

裾のうんと端っこまで、盛りに盛られた手仕事感覚がすごい。

世界全体が「面倒くさい」「省く」「簡略化」「ミニマリズム」などなどへ向かっている現在、

この楽しさ感覚と言ったら!

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ところで、この日は時間を忘れてエンドレスな一日でしたが

さすがに翌朝までにパッキングしてホテルを出るという予定もあり時計を見ると

もう翌日に近い!

バイクでホテルまで送ってもらったのでしたが、

その寒さ加減に驚く。

ウールがこの土地で織られている理由をしっかり噛み締めたのでした。

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きょうも長くてすみません。

もう1回だけ、続きます♪

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2019年4月12日 (金)

インド行きました。2019.3 その3

実は今回、結構スリリングな経験をしてしまった。

きょうはそのお話しです。

話題がスリリングなため結構長くなりますけど、

たぶん、面白いですから読んでみてください。(笑)

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コルカタの空港近くにある会社で用事を済ませて、さて。

これから乗り継ぎ地ムンバイへ

翌日早朝にブージへのフライトです。

バリを発つ10日ほど前に、このブージ行きのフライトがキャンセルになったというメールが来たので

航空会社のコールセンターに電話するも、

自動音声のコマーシャルを15分以上受話器から聞きながらオペレーターの応答を待つこと2回。

だけど、「申し訳ありません、もう少々お待ちください。」が繰り返されるだけ。

国際電話だから、そんな悠長にいつまでも待っていられない。仕方なく

「お問い合わせメール」にメールでフライト変更の依頼を入れると

1分もしないうちに

「お客様からのメールは受け取りました。72時間以内に担当者からの返信がない場合は下記へご連絡ください。」

で、

72時間以上たっても返信などかけらも来ないので

別のメアドへ同じ件をメールして、同じ「72時間以内に」云々の自動返信が来る。

でもって、またも返信は来なく。

もうかれこれ出発間際。

ダメ押しで、その航空会社のメアド全部にコピペを送ってみるワタシ。

それと同時に、たまたまその時期に目的地ブージに滞在していた京都のマブダチ、郁子さんにラインで愚痴ると

動いてくれました。

ブージの旅行会社の人が私の予約を航空会社に直接交渉してくれて、予約変更してもらえた!!!

何て頼もしいことか。持つべきものはトモ💛

(航空会社からの返信は1通だけ来て、「ご依頼の件は直接コールセンターへお問い合わせください」、だと!!!)

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コルカタの某社からの裏窓からの景色が結構好き。

この中途半端なコンクリと、天然池がぽつんと残る裏庭地帯。

・・・・・・・・・・・・

コルカタからムンバイへのフライトは定刻出発。

だが、、、

その前日もそうだったのだけど、夕刻に近づくと急に押し寄せる雷雲がまたも。

コルカタを飛び立って間もなく

乱気流に巻き込まれる。

こんな時、軍隊仕込みのインド人パイロットは結構チャレンジしてしまう。

機内がシンとするくらい(インド人全員が!)上に下にガタガタと揺れて

そんな時頭に浮かぶはインドの地図。

「コルカタからムンバイだから、窓の外は見えなくても下は陸地だなぁ」。

・・・・・・・・・・・・

しばし生きた心地がしなかったけれど、ムンバイに着いたっ!

しかも所要時間3時間10分のところ40分も早く到着。

機長は相当無理をしたに違いない。

ともあれ地上に足を付けることが再びできて、ありがたい。

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揺れたせいもあるかもしれないけど、着陸直後に一斉に席を立つみんな。

まだ動いてるけど?

機内アナウンスでも「そのまま席でお待ちください」って言ってるけど??

 

・・・・・・・・・・・・・

 

ムンバイ着いたんだけど、荷物も無事に受け取って生きた心地に浸っているんだけど、

何か空港が立派すぎる。

国内線なのに、こんなに壮大なんですか???

 

 

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出口を出ても、なんとなーーーく調べてきたロケーションと違う気がして

空港職員らしき人に確認するも、「そう、ここはドメスティック」、だと。

そぉ??

別の職員にもう一回聞いてみるも、「うん、ここドメスティックよ」、って。

そぉぉぉぉ???

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しばらく、ぐるぐる彷徨った。

泊まる予定のトランジットホテルは国内線ターミナルから徒歩4分となっていたため

ホテルに電話をしてみた。

「どこのフライト?あー、ジェットエアウェイズね。それ、国際線ターミナルだから。うちから遠いからタクシーで来て」、だと。

乗ったフライト国内線。だけど、着いたら国際線ターミナルだったわけです。

・・・・・・・・・・・・・・

タクシー乗り場へ行くと、配車ブースで

「エアコン付き?無し?」、と聞かれ、「無し」を選ぶと

乗り場がとぉぉ~~~~~い。

やっと見つけた予約番号の車は、

トランクがない。

私のラゲッジは、屋根に乗せられた。

運ちゃんはマハトマ・ガンジー似でした。

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やれ、着きました。

予約ホテル。

その名は、「エアポートインターナショナル」。

(しつこいようですが、タクシー乗った場所がインターナショナル、到着したここはドメスティック。)

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まぁ、細かいことは抜きにして明日早朝のブージ行きに乗れさえすれば!

・・・・・・・・・・・・・・

部屋に入って、ほっと一息。

フェースブックにこのすったもんだした騒動を投稿して

半日ぶりにメールをチェック。

 

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ブージ行きのフライトが、またもキャンセルになったと。

えらいこっちゃ!!!!

念のため予約の再確認をするも、

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「ご予約が見つかりません。」、って。

は????

ムンバイに用事が全くないことは明白だし、さてどうするか。

仕切り直して、部屋を出てレセプションに相談してみるのだけれど

この状況に慣れているのか、存外のんびりとした口調で

「うーん、航空会社に直接行ってみたら?」、だって。

もう22時を回っていたけれども、

ブージの旅行会社(前回の予約変更をしてくれた頼もしい人)にメッセージを送ってみると

すぐに返事が来て

「確かめてみたけどやはりフライトキャンセルになってる」

「そ、そんな~~~」

「ほぼ同じ時刻にエアインディアのフライトもあるけどすごく高いよ」

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「1日1便しかない空港に同じ時刻にもう1便あるって本当??」

「翌朝のエアインディアはこれの1時間遅れで飛ぶ予定になってるよ」

「どうやって変更するの?」

「ジェットエアウェイズにまずクレームに行ってみて。空港内のオフィスはまだ開いてると思うから!」

、、、という訳で、

まずはドメスティックのターミナルにあるオフィスへ行ってみて

全然話にならなくて、

そこからまたタクシーに乗って

(たかだか5分の距離なのだがとても料金が高い)

国際線ターミナルのオフィスに行って、

掛け合ってみるのだけど

面倒くさそうに後回しにされっぱなし(30分くらいそのまま)だったから

いい加減12時を回るころにカウンター職員の写真をスマホでパシャ、と撮ってみた。

あ、ますかった?

いや。それでよかったみたい。

その途端急に私に番が回ってきて、ターミナルの外にあるエアインディアのオフィスへ案内された。

つまり、まずはもうあと5時間後くらいのフライトだから、別会社のチケットを買うべきということでした。

ジェットエアウェイズへのクレームは後日やり直すことにして。

その航空券、4万円。(わーーー。なんじゃこりゃ!)

ちなみにコルカタ発ムンバイ経由ブージの料金は17000円。

・・・・・・・・・・・・・

3時間くらい寝て、ホテルを出て。

朝6時、数日ぶりのカプチーノにじわじわとした幸福感。

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搭乗券に記入された搭乗口で待っていると、

携帯に電話がかかってくる。

「搭乗最終案内してますが、どこにいるんですか?」

って。

「A3ですけど?」

「ゲート変更になってます、A6に大至急来てください」

って。

行くと、

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最終バスがエンジン掛けて待機中。

まだ出発時刻の30分以上前だというのに。

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ターミナルバスは、走り出すと、一体どこまで行くのだろうと不安になるくらい遠くまで走った。

ムンバイの空港はとても広い。

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そのうち、塀越しにバラックが見えてきちゃったりして、、

あれ、どこに行くの?ワタシ?

忘れかけそうになった頃に、ちっこい機体が。

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それまでのいろんな騒動が不思議なくらいなめらかな飛行で。

ほぼ予定通りのスケジュールでカッチ湿原が眼下に見えてきた。

 

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サバンナ、砂漠気候のカッチ。

着いた、着いた!!!

そして、お迎えの運転手、来てない。

けど、着いたので良いとする。(笑)


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徹夜並みのスケジュールだけど、

チェックインしたホテルの正面はこんなにのんびりとしているけれど、

早速布を見に行くのでした。

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・・・・・・・・・・・・

続く。

 

 

 

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2019年4月11日 (木)

インド行きました。2019.3 その2

12月にオーダーしたカディコットンのジャムダニ織(ブッディと呼ばれる単純柄)を

生産してもらっている地域は、コルカタから車で4~5時間の西ベンガル北部地方。

バングラデシュの国境にやや近い地域でした。

この地域は刺繍カンタの産地でもあります。

暮らしぶりにも他と違った豊かさが。

 

ここは紡がれて染められた糸が持ち込まれ、織りだけ専門のようなところ。

職人というより、誰もが織っている。

お父さん、お母さん、娘たち、息子たち。

おじいさん、おばあさん、も。

緯糸を巻き取るチャルカは、ガンジーさんの時代と同じ。

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手作りの道具が元気に使われている。

村人はきっとスマホでYouTubeも見てます。が、

世界でたぶん最も薄い手織りコットンを織っている場所です。

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マニスの注文、ここで織られていました。

(つまり、納期遅れなんですけれども、、)

なんと、16歳の女の子。

私が訪ねていくことを事前に聞いていたのでしょう、自分で織ったジャムダニのショールを身に着けていました。

バングラデシュで見たのと同じ、土間に足踏みスペースを掘り込んでいます。

経糸もカディ(手つむぎ)だと言うけれど、あまりに細くて均一なので手織り機だという事が不思議に思えてきたりする。

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薄い薄いブルーはインディゴでうっすら染めた糸。模様織部分には濃いインディゴ染の糸を。

実は、私、織りものは一度もやったことがありません。

難しそう、という印象があるからかもしれないけど、

その前に

経糸の本数の多さに自信を失うからかも。

緯糸の動きに反射神経が付いていけないからかも!

女の子が動かす機の快活でなめらかな音を聞きながら

なぜ苦手なのにこれほど好きなんだろう(織物が)、って不思議な思い。

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これは、その経糸をセットしているお宅なんですが。

まずは、カディの糸の細さに溜息。

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ものすごく細いそうめんにしか見えない。

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こういう動力機無しのドラムを手でゆっくり回しながら巻いていました。

細いから、しょっちゅう切れる。切れたところを手繰り寄せて結び、また回す。

何て丁寧な仕事なのでしょうか!

 Img_6867

ところで、この織物の村は、

とても有機的な暮らしぶり。

これ、かまどです。

薪と牛糞とサトウキビの搾りかすが燃料。

粘土細工のような手作りのキッチン。

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織物のスペースは家の1階にありまして、ドアを入ってすぐのところが多い。

隙間から差し込む日差しだけで十分明るいけど、

暑い時間帯は休むため、夜の仕事用に電灯を吊るしてあるところも多かった。

機は動かすと結構大きな音がするし、

夕暮れから寝静まる前までは何か考え事でもしながら機を動かして過ごすのでしょうか?

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住まいそのものも手作り感覚。

そして、案外清潔なんです。

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コンクリの家も多数あります。

いずこも、何やらおまじないがしてある玄関先。

 Img_6880

周囲はそれほど木がない地域だけれど、

いろいろな素材が集められている。

 Img_6892

  キノコ型の屋根多し。手前のキノコはヤギさんのお家。

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お昼寝時だったけど、訪ねていく家ごとにわらわらと人々が出てきて。

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吉祥の模様でしょうか、たくさん見かけたペインティング。

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大きな糸車で緯糸を巻いているお母さん。

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きれいに舗装されたカントリーロードにはほとんど車がいない。

こんな感じのトラクターが多い。

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西ベンガルで崇拝されている青い女神。

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周囲はひたすらネギ畑でした。

・・・・・・・・・・・・・

続く。

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