2022年8月12日 (金)

インド行きました 2022.5 その4

バザールの日曜日の午後に

1件だけ仕事場を見せてもらえるところがありました。

クルの川沿いにあるインダストリアル・エリアから

車と徒歩で傾斜地を上がった場所。

お休みの日だけど職人さんが一人だけ来てくれてました。

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ここもショールが中心。

比較的真新しい機が並んでいます。

製品は街の方にあるショールームで見せてもらいましたが

ローカルシープよりも輸入のメリノウールを使うものが多いみたいです。

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写真はメリノですが、

ヤクやローカルシープの産地はアップルバレーという場所で

クルからマナリへ行く途中にあるそうです。


この工房の社長さんはデリーにいるそうで

見学しかできなかったのですが

後日この社長さんがデリーの出先に訪ねてきてくれて

見本をいろいろ見せてもらえました。

その様子ったら、日本のアパレル生地屋さんそっくりで

在庫数もすぐに分るし、見積もりもその場ですぐ!

(インドなのに・笑)

私はその商談時間をお昼に充て、チャーミエン食べながらで

失礼しました。

さらに驚いたことに

試しに選んでみた生地が翌日の午前中に届いたんですよ。(笑)

クルの街からの夜行バスにこうした荷物を運ぶサービスがあるらしく。

まぁ、届いた内容が注文と大幅に違っておりましたけれども、

インドなので。オチはあります。

社長さんがホテルに生地が届けに来た時間とPCR検査がこれまた重なって、航空会社との電話も重なって

多めに支払い釣りはいらんと手を振ったら

不思議そうな顔をされました。

本当に失礼ばかりしてしまいました。

・・・・・・・・・


ここからはまた話しと時間を巻き戻し、

5月16日(月)です。

早朝からの下痢と熱で起きれず、

11時ごろの出発にして

途中の道沿いで教えてもらったウール屋さんへアポなしで訪問しました。

なかなか大きな工房です。

ここでは糸から織りまでを一貫して行っていて

入り口にはショールとツイード(服地)を並べる店舗もありました。

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ジャワ島トゥバンの織工房でもそうでしたが、

リズミカルな音楽を掛けながら

リズミカルに織っています。

30代くらいの若い社長さんですが

職人さんたちが皆ニコニコしていていい感じ。

織っているのは全部ショール。

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チベタン風のお母さんも。

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ヤクの天然色です。

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下は寄りを掛ける前の糸。

写真がありませんが、緯糸はチャルカ(糸車)を使って作業されていました。

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こちらは経糸を巻き取っている作業場です。

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織りあがった布の整理をしているおじいさん。

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店舗からいくつかのツイードを選んで車に乗せたら

荷台も助手席もパンパンです。

やはり時間がかかっても車で動くのが私には合っていますね。

行き当たりばったりの買い付け派だから。



この後は運転のシュルジートさんの意見で

チャンディガールまで一気に戻ろうという事に。

デリーから4~5時間ほどの都市で空港もあるし。

しかし

途中の山道でまた長い渋滞。

桃源郷みたいな場所の渋滞に綿菓子売りに来る青年たち、

一体どこから来るのでしょう??

その先私はほとんど寝落ちていたのですが

チャンディガールに着いたのは夜10時近くだったかもしれない。

シュルジートさんが薬局で

この「電解水」の粉末を買ってくれて

これ飲んだら治るよ、って。

水に溶かしてね。

飲んでみたら、あ、ポカリでした。

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翌朝には熱が下がり、

体力も少し戻ってきて助かりました。


翌日はwifiも快調でデリーに入る前に

あれこれ予定を立てられました。

先ずは直接カーゴ会社へ。

車の中は出発時と同じ、スーツケース1個だけになって

またコンノートプレイス近くのホテルに。

夕方は元気を取り戻し

また徒歩で生地を買いに出かけたりして。

あぁ、デリー。暑いです!


・・・・・・・・・・・


次回最終回は・おまけ編

デリーとシンガポールの「まめたび」です。

お時間がありましたら

また引き続き眺めてみていただけたら嬉しいです!

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2022年8月10日 (水)

インド行きました 2022.5 その3

おはようございます!

書いていたら、久しぶりに消えました

気を取り直して

また書きます。もうね。予定を返上して

朝から書くよ、今日は。

(昼ごはんはテイクアウトにしよっと。)

・・・・・・・・・・

 

5月15日(日)

ヒマーチャルプラデーシュ州2日目、

デリーを出発してから3日目です。

日曜なのでウール屋さんたちも休みだし、

(1件だけアポ入れてもらえた以外は)

選んだホテルは街のど真ん中だし、

歩く気満々。

標高2000mほどというクルの朝はそれほど寒くなくて

なぜかしらと思ったら、インド全体が記録的な熱波の日だったそうで

この日はデリーが49.2度。クルも午前中から30度越え。

そうとは知らず歩き回ったあと

フラフラになって

今までほとんどNGとしてきたローカル屋台のものを食べたら

当たってしまって

翌明け方から丸一日、熱と下痢でした。

インドでは同行人の人たちがローカルフード食べて寝込むケースを何度か見てきて

私は誘惑に負けないようにとこれまで気を付けてきていたんだけど。

お陰で、翌日はダラムシャラーまで行けるかな?なんて薄っすら期待をしていたのも

全部取りやめになりました。

ダライラマさんが、出直してくるように、っておっしゃったんだわきっと。

・・・・・・・・・


インド人は朝遅く夜遅いんですが、

10時半過ぎに敷地から出てみると

バスロータリーの広場でバザールが始まっていました

日曜日だからかな?

下の写真はバスロータリーの前に並ぶ果物屋。

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日よけクロスと地面のマットもある。

これが無いと厳しいのが実感できます。

キョーレツな日差し!

乾物、日用品、雑貨品、化粧品、衣料品。

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色とりどりのカーペットは化繊かも。

中国製かも。

量がすごい。

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カットゥのショールもあります。

が、

上の2点は何とプリント。

バリ島でも浮き織のソンケットをプリントしたサロンが流行っています。

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下の写真は

夕方のもの。

もうこの頃はフラフラしていた。(笑)

午前中よりも倍くらい店が増えていて

もう一回見に行かなきゃで。

お馬かわゆし。

子供が小さかったら

買って担いで帰ったかもしれない。

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インドのソウルドリンク、さとうきびジュース。

北の国にもありました。

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これ探していたんですよ。

ローカルマーケットで売られている

ヒマーチャルウール。

全て製品化されていて

生地や糸がなくて残念でしたが

一般の人たちがこの風合いとクオリティを身に着けて暮らしていると分かって

嬉しかったです。

 

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バザールとは反対側のスペイン坂みたいな坂道に

お店が並んでいたので

行ってみる。

売られている雑貨品は観光客向けのものは乏しく

中国製っぽいリュックやらウエストポーチ、スニーカーなどなど。

クルはヒマーチャル水晶の有名な産地らしいのだけど

クリスタルには出会えませんでした。

もう数時間北にあるマナリーはバックパッカーのアジトみたいなので

そちらの方にいろいろあるのでしょうか。

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あっ、ヒマーチャルウール着ているおじさんを発見!

カットゥの伝統的な帽子もかぶっている♡

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遠目ですが、

右側を歩いている人はヒマーチャルのコスチュームを着ています。

モンゴルっぽいチュニック。

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山あいの住人たちはバスで町へ降りてくるのでしょうか、

バスがたくさん。

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野菜はこっち側エリアで売られていました。

茶色の大きな建物は市場なのかも、閉まっていましたが。

道端で売られているは

オクラ、ナス! 

上のはマンゴー、ココナッツ、パパイヤ、チェリー。

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こちらは橋の上の「場外」です。

苗を売っている!

レシピが知りたくなりますね。

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種を売る人も。

暑そうです~

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チベタン・モモのお店。

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「ファーストフード」店が意外と多い。

ちゃんとしたレストランは意外と見ない。

ヒマーチャル風ファーストフードは

トゥクパ、モモ、チャーミエン。

トゥクパは小麦粉の麺と野菜にヨーグルトやスパイスを使ったスープのスープヌードル。

モモはネパール料理にある肉まんまたは餃子みたいなあれですね。

チャーミエンは焼きそば。

ホント、今回は焼きそば三昧です。流行っているのかもしれません。

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・・・・・・・・・

インドの連休だし日曜日だし

郊外にはラフティングのポイントもあって、なかなか賑やかな一日。

冬季は積雪もあるしどんな感じなのでしょう、

ウールの産地ですからね。

この街クルは小さな町ですが、空港もあります。

フライトは天候に左右されやすいそうです。

・・・・・・・・・

キリが良いので一旦区切ります。

続きはまた!

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2022年8月 8日 (月)

インド行きました 2022.5 その2

続きますと言いながら、

2か月もあいてしまいましたが

再開です。

 

まずは日本の皆さまへ

暑中お見舞い申し上げます。

インドで49度の日が1度ありましたが

日本とは暑さの質が違いますから

のんきに外歩きしてました。

毎年暑さも寒さも天候の振れ具合もどんどんギャップが大きくなり

斎藤幸平さんのような革新的な主張がやっと出てきましたが

どうか間に合いますように。

いえ、あの、きっと間に合うんですが。

 

この夏休みは、世界中の人が待っていた夏休み。

行きたかった、我慢していたところにやっと行くんだ!

シャンパンの泡がはじけるようなピチピチしたエネルギーが

感じられるのは私だけでしょうか?

 

日本のこの夏の感染拡大、

私の中では

スペイン風邪の時のオーストラリアみたいな印象があります。

世界中がパンデミックで大わらわな頃には封じ込みができていたのが、

他国ではそろそろ集団免疫がついて再開する時期になって

感染が激増するという?

(スペイン風邪の頃のオーストラリアはいち早くロックダウン、鎖国をしたので当初は流行らなかったが世界で終息に向かう頃にパンデミックに陥ったそうです。)

しかしこれ、日本だけではない可能性も。

人々はコロナへの恐怖心、警戒心が薄くなり、「もうそろそろ終わりにしようよ」という空気感になり

熱が出ても検査してないだけ、って気がします。一先ずバリ島ではそんな感じです。

かくいう私も知らず知らずのうちに罹っていて

出国72時間前のPCR検査で陽性が出てしまったんです!

ピークシーズンゆえ日程変更の差額は高額ですが

これはもう仕方あるまい。

8月2日からの帰国予定を3週間延期することにしました。

 

8月をまるまる開けようと6月下旬から秋物試作に取り掛かってきたので

制作はもうスタッフだけで進行できるようになっていますし、

「延期」により予期せず時間の棚ぼたが訪れたので

さっそくブログの更新をば。

表題の「インド記」を続けます。

 

・・・・・・・・・・

 

2022年5月14日(土)

インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州の拠点、マンディの街から出発

車からの写真しかありませんが、川を挟んで両側に美しい景色が広がっています。

山の緑も青々と美しく、気温はデリーより10度も低い。

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この日は、

ずっと前から連絡を取り合っていたマンディ郊外のHimachal Textileというウール工房からスタートです。

ヒマーチャル州のウールは

素朴で安定しているので

毎度あの手この手で取り寄せていましたが

いつか見に行かなくては、と思いながらのコロナ中断でした。

娘さんのアンシュルさんが案内してくれました。

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まずはこの作業から。

山になっている原毛からゴミを取り除いています。

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傍らには、乗っても凹まないくらいパンパンに硬い袋が山積みされています。

1袋は100キロですって。

何匹分の毛だろう?

地域では、

インド政府の繊維省のサポートを得ながら

原毛になる家畜(羊、ヤク、アンゴラなど)を飼育する生産者、

繊維製品をつくる生産者がいて

大きく二手で分業しているそうです。

織り手は(家畜生産者と同じ人たちの場合もあるかもですが)

桃源郷の住民たち。

紡いだ糸を支給し

政府から支給された織機で

産地特有の手織りウールを作っています。

紡績には機械を使いますが、それでも大変な手間です。

大学で繊維学を学んだアンシュルさんは機械の調整もお手のもの。

お父さんの代から

機械は買うのではなく、自分たちで作ったのだという。

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原毛はまず種類別により分け、洗います。

そしてコーミングするとふわふわの太い紐のような状態になります。

脂ぎっていた自由奔放な原毛はこの過程で空気を含み

一気に素晴らしい素材に変身します。

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下は、

撚りを掛ける前のローカルシープの毛。

天然のままの色だそうです。

(※メリノウールも広く使われていますが、オーストラリアからの輸入です。)

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撚りを掛けるのはアンバーチャルカと呼ばれる機械。

作業はオートメーションではなく

全て人の手により管理されています。

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出来上がった糸は織り手へ分配される。

下の写真の女の子は織りの研修生です。

工房では、

足にハンディキャップがある住み込みの職人さんも抱えていらっしゃるそうですが

地域の山あいに契約している織り手は200人にのぼるそう。

織りあがったものをまた買い取り、

インド各地や海外で政府が奨励する販売会を通したりして

販売している。

政府が管理、支援していることから

多くの人々にとって買いやすい価格にもなっていて

ある程度の数量が売れるから

たくさんの職人を抱える事が出来る、というわけです。

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これはカットゥと呼ばれる模様織。

ヒマーチャル伝統のウール織物は主にショールで

両端にこのカラフルな織柄が入っています。

ナチュラルなローカルウールにカラフルな市販の毛糸を織り込みます。

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今回はアトリエマニスの服地用に、

ナチュラルカラーの圧縮ウールとヘリンボーンを買いました。

こうした服地は総じてツイードと呼ばれていて

ヒマーチャルの男性のジャケットに使われているようです。

手織とのことですが一部は機械織のようです。

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さてさて。

授業終了。

アンシュルさんが

ひよこ豆の炒ったのとプラムを出してくださったけど

時間が無くて。おみやげに包んでいただきました。

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幹線道路に面しているショールーム。

不便な地域ではありますが、興味がある方はこの写真を参考に

ネットで調べてみてください。

この方がアンシュルさんですよ!

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先を急ぐ私を察して

Himachal Textileから少し先まで彼女に同行してもらい

地域の事などをさらに教えてもらいました。

エアコン車だから助かったものの、ホコリがすごい!

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下の写真は、マンディ地域の中でも風光明媚といわれる

ビューポイントです。

よく見ると

山の上の方まで家々が点在しています。

住民たちは主に自給生活なのだそう。

冬の間は備蓄食料と薪だけで籠る。

水は川から山の上の方までポンプで引いている。

「これだけあれば安心、モノが多すぎると逆に不安ですよ」、って。

8月辺りの雨期には緑が生い茂るのでしょうけれど、

私の知っている人が暮らす場所とは

ハッキリ言って程遠い。

これでも数日前まで豪雨だったのです。

「モノが少ない方が、いつくらいまで暮らしていけるって具体的にわかるから安心するんですよ」

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どうでしょう、この景色を見て豊かだと思えなかった私の貧しさと言ったら。

この風景の中にたくさんの家庭があり、若者も、子供たちもいるんですね。

幸せって、すごく近いところにありますね誰にもきっと。

(はい、私はいつも最高に幸せですけれども。笑)

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アンシュルさん&ショールームのスタッフさんとランチ。

彼女たちはこの後、灼熱の幹線道路で

どのくらい待ったのだろう、路線バスで帰宅していきました。

(自家用車もあるのに倹約家なんだなぁ、と思いながら)

こんな場所でも道が渋滞していたのは丁度ウエサク祭休暇だったから?

この後、ホコリまみれのまま

渋滞にはまりながら

クルの街を目指します。

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道路は少し前と比べたらすんごく改善されているそう。

次に来る頃には山間の長距離トンネルも開通して

デリーからの所要時間が半分になるよ!って運転のシュルジートさん。

それにしても、、

ずっとこの乾燥した景色が変わらぬまま。

地球がどれほど乾燥し暑くなっている事か。

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これ、滝なんだって。

干からびて見えるけれど、

確かに周囲に緑があるからそうなのかも。

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わお、もう日没の時刻。

渋滞その他で2時間も遅くなりましたが

それでも待っててくれたおじさんと息子さん。

右のワンコは何とルビー!

(ウチのわがままゴールデンと同じ名前)

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ここはヒマーチャル州の観光地、クルという街の郊外にある

ウール産業の特別区。

作業場はさすがに時間的に見れませんでしたが

素敵な在庫を購入できました。

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一日が長い事といったら。

前日のホテルでwifiが使えなかったことから

この日の宿がまだ予約されていなかったのを思い出し、

下調べしていたホテルに

もう時間的に直接行きまして。

そしたら、、

すごく素敵なお宿でした。

エコノミークラスは分かりませんが、wifiが使えるのは

ワンランク上のみで

そしたら、、

villaでした。けど、予算内の価格、です。

コンクリだけど伝統建築でリビングスペースもあって

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バルコニーからの夜景が

何とも素敵でした。

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子供たちの声や車の音が

山間こだまして

幸福度高かったです!

いやはや、

実は

今回は

短期ながら旅程が未定という初めての体験。

 

ヒマーチャルのふところにダイブしています。

・・・・・・・・

続きます!!



過去最高に長かったかも。(笑)

読んでくださって本当にありがとうございました!

 

また続きも読んでいただけたら!

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2022年6月19日 (日)

インド行きました 2022.5 その1

今日はバリ島はクニンガン、送り盆の休日です。

滑走もひと段落して久しぶりのブログタイムです。

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・・・・・・・・・

5月の作品展から3週間経ちました。

今回もとっても充実した作品展になりました。

お買い上げくださった方々、お越しくださった方々、

フラスコの日野さん、運営部の皆さん、京都の皆さん

大変お世話になりました。

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今回もLINEビデオからのリモート参加でしたが

ネットの具合が良好で会場のご試着をかなり拝見できました。

東京時代にずっとお世話になっていた加藤希久代さんが

お直しご相談係で来てくださったり、

懐かしく楽しく、あっという間の3日間でした。

次回秋も予定していますので、

またよろしくお願いいたします。

マニス巡回展の方は、今週は大磯の布うさんで夏服展開催中です。

https://www.instagram.com/fuu.oiso/

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5月はコロナで引き籠っていた2年ののち

自分的にここまで出来るのかなと自信が持てないところもありましたが

予定通りに駆け抜けて

しっぺ返し的な体調不調も今のところなくて元気に次の予定に入っています。

4月下旬から準備を始め、

出発前日ギリギリまで作品展に送る服のチェックをして

不在中に作っておいてもらう服の指示を決めて。

2年ぶりのインドへ行ってきました。

今日から少しずつインドのレポートを書いていきますので

どうぞお付き合いください。

・・・・・・・・

今回のインドは、私が体質的な問題からコロナワクチンの接種が出来ていない事で

この時期に海外へ出れるのかが最初の難関でした。

私は19年前の出産を機に一切の薬を飲むのをやめたので

歯医者さんでの麻酔注射はじめさまざまな化学薬品にちょっと敏感体質になっています。

インドは不接種の人は2日以内のPCR陰性証明があれば入国できるとの事ですが

問題はインドネシアの再入国。

必要条件が政府の最新通達と利用航空会社とで異なりました。

結果からして、各国の入国条件がどんどんアップデートされているのに航空会社の方が間に合っていなくて

チェックインカウンターでの対応が「少し前のもうちょっと厳しい条件」の方に合わされいる為

私の場合は「5日間の隔離ホテルの予約バウチャー」とか「出発国の国立病院の診断書」とかが必要。

ところがこの診断書が現在医師の間でNGになっているようで、どこを聞いても断られる、というものでした。

ホテルも、今ではコロナ隔離なんてもう大昔。

フツーの観光客がPCR検査も無しでOK。

以前のように到着ビザで簡単に入国でき自由に行動できる現在のバリですから。

ですので、今月バリへ渡航予定の方は、航空会社の規定をよ~く確認してから飛んでください。

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現在、航空会社のオペレーターさんたちもかなり混乱しており、

円安と燃油高もあるのでコロナ前の簡単で安い旅行ではなく

噛み合わない情報の中からグッドチョイスを見つけるような

宝探しみたいな感覚でしょうか。

で、

私の場合は

往路が以前の2倍の価格で復路が無料という掘り出し物が現る。

そんなのアリ??かと2日間アタマいっぱい迷って、よっしゃ、チャレンジ。

航空会社の直接サイトですが「復路0円」というチョイスがあるなんて、マジですか?

今まで見たこともなかったけれど。

結果は後日書きますので乞うご期待。(笑)

・・・・・・・・・

話しは変わって。余談をひとつ。

下の写真は、私が戻った後の食卓テーブル。

毎日これ食べてたのか息子よ、冷凍庫のコロッケも全部なくなっておるよ、

ご飯を炊いた形跡は無し。

ゴハン代に置いていったお金は全部使ったという。

(笑)

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因みに、インドネシア人はミー(麺)をすごく食べる。

小麦粉はウクライナかららしく、この先供給不足になる不安から

国産小麦のプランテーション計画も出ているとの事。

私はコメ派なのであまりピンとこないけれど

じわじわと食糧の不自由さが来るのかもしれない。

2か月ほど前はパーム油が全国的に品薄になりパニックが起きました。

一時は3倍近い価格になり、そののち政府が輸出規制をしたので現在は店頭にもまた出回っています。

コロナとバイバイすると同時に、また別のサバイバル感が増してきました。

以上、余談でした。

・・・・・・・・・・・


……あれあれ、もう一つ余談。

こちらはUBUDのカフェ「KAFE」のインディアンプレートです。

先週ガルンガン休暇に入った初日に真っ先に行ってしまった。

本場インドでは外国人はほとんどまだ入ってきていなくて

インド人ばんざーい、って感じでしたが

移動が多かったせいかゆっくりインド料理を楽しむ時間が無くて

埋め合わせしました。

このヒトサラがコロナの間に何度助けてくれたことか。

インドから戻ってまたここにお世話になるとはこれ如何に。

(前置き長すぎで、すみません。)

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・・・・・・・・・・・・

5月11日。

やっほー、2年ぶりのデリーに到着です。

搭乗者はそこそこいたけれど

外国人ほぼ皆無。

イミグレの列がすっからかんでラクラクの入国です。

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・・・・・・・・・・・

 

5月12日。

今回滞在のデリーのホテルは

コンノートプレイスという中心地から徒歩圏内にある静かな高級住宅地。

こんな場所があるなんて不思議です。

インドの5月は酷暑期。

今回は記録更新で49度まで上がりました。

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デリーを徒歩って、素晴らしい。

SIMの購入が意外と押してお昼ゴハンは午後3時。

通りがかりとしては高級すぎるけどユナイテッドコーヒーハウス。

そうだった、そうだった。

こうしたレストランは何を注文しても2人前のボリューム。

焼きそばを頼んで半分をお持ち帰りして夜食に。

コレが気に入って今回は焼きそば率が高くなりました。

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・・・・・・・・・・


5月13日。

ホテルの朝食はシンプル。

早朝出発のため早めに用意してもらう。

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今回の旅は、まだ訪れたことがなかったインド北部、

ヒマーチャル・プラデーシュ州。

国内線も無くはないけど、NOワクチンだと航空会社によって面倒かもしれないと思い

デリーからの陸路で。

ドライバーさんと二人で5日間の旅になりました。

これでも最短、片道16時間だから行きに2日、帰りに2日なんです。

デリーから6時間くらいは整った高速道路、その傍らにたくさん現るは「ダバ」。

ハリヤナ州、パンジャブ州の言葉でレストランの意味らしいのだけど、

場所によっては広い駐車場に満杯の車。

5月の酷暑期に北部へ向かう国内観光客のラッシュでした。

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8時出発、12時半。

お昼ご飯はその人気店の一つに。

インド人しかいない。

しかも、エーゴ通じない。

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メニュー盛りだくさんながら文字だけで良く分からないので、

ミールス(いろいろ盛り合わせプレート)にすると

キタコレ。

この辺りはまだwifiが快調で、京都の清水さんと作品展準備の連絡を取り合いながら

片手でチャパティをちぎる。

チャパティのほかにライスも付いていて

明日まで食べ続けられそうな気がするも

チャパティのお代わりを聞きに来る給仕に

ことさら大きくNOと言う。(通じてヨカッタ。)

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更に3時間ほど行き、もう一回休憩。

パンジャーブ州。

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エアコンの店内には入らず、外の席でコーヒーを頼んだところ

なかなか、なかなか

出てこない。

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時代がかったカウンターにコロナ的なバリアガラス。

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やっと出てきたコーヒーの薄さに泣く。

ネスカフェであることは間違いないが、たぶんカビている。

それを微妙にカバーする砂糖入り。

もうこの先はコーヒーは諦めようと思う。

(実際はメニューにあれば諦めずに何度も頼んでは何度も泣く羽目に。)

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ここを出たのが15時半、その後のグーグルマップで

この日の宿泊予定地まであと4時間。

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ヒマーチャル州マンディには19時頃着いた。

けど、ホテルの場所が街から少し離れていて

結局20時近く。

途中からのゴツゴツした山道と、何度も上ったり下りたりする勾配とヘアピンカーブに

転がらないようにぎしっと掴まっていたせいで腕が痺れてしまう。

ホテルの部屋の静かさはバリの田舎並み、ココ本当にインド??

(通常は泊り客のドアの開閉やしゃべり声、テレビの音などに包まれます。)

おまけに前日までの豪雨でwifiダウン。

久しぶりの静寂と、

デリーの灼熱を忘るる涼しさなのに、頼んだビールが凍っていたよ。

・・・・・・・・・・

続きます。

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2021年5月 1日 (土)

マニスの旅・2020年2月 その7

バリではガルンガン&クニンガンの休暇が終わり、

この先はしばし仕事集中モードにスイッチオン。

前と若干違うのは(世界的な観光地のせいもあり)、

集中できる仕事があるということに

ありがたさが感じられることかもしれません。

日本はおこもりの黄金週間が始まっていますね。

皆さま、是非ゆっくりと充実した時間をお過ごしくださいますように。

まめ日記、今回は

1年前の懐かしいインドをひもとく最終回です。

最後はデリー。

いやはや、その後1年出来事のひだが深すぎて

ピンボケでも何でも1枚1枚の写真にじわっと来てしまいます。

・・・・・・・・・・


2020年2月24日、デリー。

バンガロールのホテルから空港行きを頼んでいたアニル氏が、40分も遅れてやってきたので

絶対に間に合わないと覚悟していたフライトが

何の問題もなかったのは昨日のことのようだけど、

(本当にすっごくいい人なんだけども頼んだ時間に来ることはついぞ一回もなかったんです。(笑))

デリーの写真を見ると、あぁ、これは遥か彼方。

インド門の周辺ガラスキです。

確か同じ日のもう何時間か前に、寅さんがデリーinしていたため、

空港はじめ都心の交通規制が解除されたばかりの。

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このインスタの写真はモディ大統領の。

328万いいね!に自分もポチっとしているところ。

昨年投稿した自分のFBによると、この時デリーの学校は3日間休みだったそう。

今、モディさんは不休不眠かもしれませんね。

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デリーの高級住宅街にあるすっごく素敵な宿泊施設をKさんにご紹介いただきました。

私はあまり長期滞在しないので

利便性重視のコンノートプレースに近いホテルがほとんどだったので、

こんな落ち着き払ったデリー滞在は初めてでした。

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オーナーはイギリス人女性でインド人と結婚された方だと聞きました。

朝食スペースにいくつかの日本からのグラフィック。

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室内も隅々まで行き届いていて、テンションアゲアゲ。

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到着後の夕方、散歩がてらのディリハート。

敷地内にある店舗スペースに一定期間で入れ替わりでインド各地の布と工芸品の出店が並ぶところで、

各国のバイヤーはここでの産地との出会いが多いのではないかと思います。

昨年2月はラダック州(レーという町が中心地)の展示があり、はじめて山岳地帯の人々に会えました。

ちなみに北部のカシミール人、ヒマーチャル人はデリーには結構多くて、

インド旅行では敷物、天然石、ショールをカシミール人から熱烈に勧められること多し。(笑)

ヒマーチャル人はタクシードライバーやホテル従業員など出稼ぎ者多し。

ラダックの人たちはアジアモンゴル系の顔立ちで、彫の深いカシミール&ヒマーチャル人とはまるで違う。

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宿に戻り、ディナーを用意していただく。

同じテーブルに同じ頃食事に来ていた別室のゲストが、いまどき珍しいクラシックなマダムで

彼女のインド話しを聞いていたら

映画の世界に迷い込んでしまいそうだった。

コロニアルを持ち込んだ方の視点は今もコロニアル的でした。

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テーブルクロスのプリントが懐かしい。

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2月のデリーは結構冷える。

宿では残念ながらあまりお湯が出なくてブルブル震えながら

クローゼットに入っていた全部の布類を引っ張り出してもまだ寒かった。

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朝、またコロニアル主義のマダムとご一緒。ネスカフェじゃないコーヒーがあって嬉しい朝!

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2泊だけの慌ただしいデリー。

午後には手持ち荷物のパッキングをして夕方には空港へ。

これがまた寅さん渋滞に引っかかりましたが、予定時間にチェックインでした。

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搭乗前のラウンジでは、薬局に長蛇の列でした。

その時既にバリ島では入手困難になっていたサージカルマスクやサニタイザーが山と積まれていました。

ついでにコロナ効くという結構値が張るサプリを何本も抱えて列に並ぶ人々。

街中ではまだ「コロナって中国の風邪のこと?」ってくらいの人も多かったので、

緊張感が一気に募ったのを覚えています。

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2020年2月27日、バリ帰島。

雨。

翌日は大量の洗濯物やら月末支払いやら。

その後の2日間はクニンガン休暇でスタッフは休み、自分はしかし休む間もなくいろんなことをやっていた記録が

アジェンダに残っています。

今からすると、すんごく忙しくやっていた。

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インドは、4月に入ってから二重変異株の急増で

この数日は新規感染者数が35万人超え。

布産地の人たちにお見舞いのメッセージを送ると

「自分にも家族にも症状があって家から出られない」

「各家庭の半分が亡くなっている。自分も母親がコロナで亡くなった」

「自分の地域はまだ大丈夫だけど心配で仕方ない」

など、とても深刻な事態になってきているようです。

返信が来ない方もいて、それが一番心配でもあります。

どうかインドの皆さんが1日でも早く安堵できるように願わずにはいられないし

この波が他の国へ伝わりませんようにとひたすら祈るばかりです。

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ゴールデンウィーク、今年もまだまだ落ち着きませんが

皆さまにとって良い休暇となりますように。

まめ日記でまた近日中にお目にかかりましょう。

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2021年4月18日 (日)

マニスの旅・2020年2月インド その6

しばし時間が空いてしまいました。

2月に完結したかった1年前のインド編、何ともう4月も半ば!

あともう少し続けていきます。

その前に、来月5月に予定している東京での作品展は

運営のお手伝いをしてくださる方々がまとまり、今回もたかはしはリモートで皆さまと繋がりながら

開催することになりました。

インドへも日本へも行けませんが、バリ島からさまざまな布づくりの地域と人々にお力添えをいただきながら

布を探す旅から布を作っていただく事にシフトして

これまでになかった連携プレーが生まれています。

今日は、ウールの産地ラダックのコミュニティの方とワッツアップで繋がり、

一つ先のシーズンに向けて手織り制作がスタートすることになりました。

バリ島ではバティック作家の植田有加さんとの共同制作で試作・制作が進んでいます。

作品展には、素敵なお取り寄せとWSがお願いできる事も決まり、

全てが楽しみになってきました。

ではでは、以下

2020年2月のインドの続編です。

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前回の地域、

カルナータカ州メルコテにて。

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布づくりの現場を見せていただいただけでも胸がいっぱいだったが

ドライバーのアニル氏がソワソワしているし、

メルコテの遺跡は只者ではないのかも、と、

ちょっと欲を出して駆け足で見学です。

(今、改めてメルコテを検索すると自分が見た遺跡がごく一部だったことが分かりました!)

ここは一つの聖地になっているような印象です。

丘の上に立つ寺院は小さなカイラスのような雰囲気すらあります。

その「丘の上」が今グーグルマップを見ながらもなかなか特定できない。

お寺が多すぎて、なかなか名称が確定できないという、意外な事態。

まずは、この中腹にあるスタジアムのような建築と中央の池は

トリップアドバイザーに投稿がいくつかあって名前が出てきました。

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池を取り囲む回廊。その中央に池。メルコテ・カイラニ。

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なかなかに大きな池です。

泳ぐ輩は見当たりませんでした。

釣りをしている人もいなかったので魚はいない??のかも。

池が芝生だったら、テニスの公式戦スタジアムという感じ。観覧席風階段で囲まれています。

何のために使われていたのかが今になって気になりますが、

ネットで探してみたものの直ぐには出てこないようで、ますます気になる~。

けど、お寺の一部らしいのでやはり沐浴場でしょうか。

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そして「丘の上」にあるのはヨガ・ナラシムハ寺院という有名なお寺であることが分かりました。

寺の中の様子が紹介されているYouTubeがあり、

これはありがたかったです。

(ご興味がある方は、こちらをご覧ください。)

マスク時代前の三密インドでにぎにぎしく、カネをたたく男たちがネアカです。

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池のほとり。現場は押さえなかったが、下たる水に証拠あり。

という訳で泳ぐ輩はゼロではない。

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そのホーリーな面持ちの「丘の上」にはいささか時間が足りず、

近くの別の丘にある寺と遺跡へ行きました。

それでも、十分すぎるくらいの見ごたえ。

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シェリナラヤム・スワミ寺院(だと思われます)。

昼休み中で中には入れず。

(昼休みが長い!)

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あっ、友達が!
(バリの我が家を基準に。)

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友達はさておき、建築の美しさ。こうして見るとヒンドゥ文化は仏教とは結構異なる印象。

サドゥのような人たちもいました。

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付近の住宅の入り口。

(バリ島目線でこれを見ると、この吉祥柄はチャナンのよう。)

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もう一つ近くに池があるから見に行こうよ、とアニルがすたすた前を行く。

この人、なかなか歴史とか遺跡に詳しくて。

ウーバー(ネット手配タクシー)からの個人折衝という経緯ながら最適じゃない?

アニルの後ろにいるのはこの近所に自宅があるというヤナパダのスタッフさん。

一緒に案内をしてくれました。

これはもうご褒美ですね。ほくほく。

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大きな石の前の素敵なカフェ。同行者がいなければそのまま通過しなかったんだけど。

ここであの南インドコーヒーが飲めたら最高だっただろうな。

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もう一つの池は小さいながらも神秘的な場所でした。

アニル氏によれば、

昔この土地を支配していた王族の

双子の王女のミステリアスな伝説。

そっくりな2つの池はなぜか水の色が違う。

先ほどのヤギさんがまったりしていた池とは雰囲気も違う。

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古代ヒンドゥーの遺跡はパワスポのような独特の静けさでした。

ぐるり一周して、先ほどのサルの一家に会った建物の反対側から

元の場所へと戻っていきます。

パースペクティブが美しいのは、当時の建築の美意識だったと思うけど

今の直線的建築では逆に作れないような柔らかさが溶け合う美しさ。

日帰り強硬スケジュールの中でここが見られて本当によかったです。

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午後3時半、メルコテを出発。

やや西に傾いた太陽を右側に見ながらバンガロールへ戻りました。

沿道にコーヒーショップがたくさんあったので

夕刻のブレイクタイム。

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インドの旅先でコーヒーが飲めるなら、たとえ甘すぎても結果オーライです。

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7時半ごろにホテルに戻り、向かいのコロニアルな別のホテルのレストランで

チャイニーズ。

絶対に食べきれない量が出てくるから1品しか頼まない、インドでのチャイニーズ。

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翌朝。バンガロール最後の朝のコーヒー。

この後、空港までのハラハラがこれまた忘れがたいのですが、

アニル氏何と45分も遅れてやってきて、これじゃ絶対飛行機間に合わないと思いきや

全然余裕で間に合ったという。笑笑

インドネシア国内線で2度も乗り遅れた自分としてはなぜ間に合うのソレ、と

未だに摩訶不思議。

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2020年2月のインド、次回は最終回です。

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2021年3月21日 (日)

マニスの旅・2020年2月インド その5

2020年2月のインド・回想録的連投の続きは

カルナータカ州。

令和2年2月22日は、

初めての南インド、バンガロールの一日、

その翌日はメルコテという遺跡がある古い町で手つむぎのコットンを作っている

ヤナパダ・トラストをお訪ねしました。

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2・22は土曜日。一般の布関係も営業しているので

何件かお訪ねしてみました。

ええと、そうですね、

何かその前にありました。

あ、そうそう。

この街、バンガロールは現在はベンガルールと言いますが、

これまで知り合ってきたインドとは何かが違います。

「コーヒーください」→「はい、マダム」→「ん? これ、チャイですか?」→「はい、マダム」→「コーヒーはありますか?」→「はい、マダム」

みたいな会話が多い。

何というか、要点に行きつくのにいろは坂を通るみたいに行っては戻り、直線で行けない。

また、

「明日行きますからね」→「はい、とても楽しみにしていました。しかし、私は明日いません」→「え、どうしてですか?」→「今ムンバイ行きの列車に乗っているからです」

1週間前にブッキングしていたというのに。

「明日9時に迎えに来てね。」→「了解です。では、明日9時に」→

この先、もうお分かりですよね。

9時に来てる確率は低い。けど、8時半にもう来ていたりする!!

しかし、インドのシリコンバレーと呼ばれる街でもあります。

(大丈夫なのか、それ?)

タミール系の人々が多い地域ですが、この性質はタミール的なのかどうか。

バリ島から来た私には比較的あるあるですが。w

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布関係を回って早めの夕方。Rain Treeというショッピングコンプレックスへ。

アノーキーなど大手ブランドのほか見たことないブランドのものも多数。

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中にカフェもあって、にぎわっていました。

あまり自分に向くものがなくてがっかりしかけたところ、

このガンジーアイコンな刺繍のブラウスを見つけて、即買いました。

見てみて、この可愛さ♡

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SALT WARKとNO TAX、SALT MARCHは

1930年代にマハトマガンジーが英国の塩の独占に対し非暴力で行った「塩の行進」のこと。

インドの心はいつもガンジーと共にある。

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赤い刺繍部分の裏には当て布があって、その間の三角部分は1枚仕立て。

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生地は縁が緑色のドーティ(男性用腰巻)を使っていて、

初期のアトリエマニスを思い出す雰囲気もあって、

運命の出会いのよう!

コロナ時代前、このブラウスが最後の買い物だったな~、なんて

大切な思い出の品となりました。

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その翌日は遠出です。

片道3~4時間のメルコテへ行くので早朝出発です。

冒頭にて触れましたが、

バリ島からメールで訪問日を再三伝えていたと思うのに、責任者不在という、アレです。w

代わりの人が迎えてくれ案内できると言うので予定通り行くことに。

朝7時に開くというホテルのカフェテリアがまだ開いていなかったりすることには

もう驚かない。

出発ギリギリまで粘ってこれだけの量を平らげるワタシって、どう?

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テーブルがタイルだった件が懐かしい。w

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カルナータカ州の土地は、メイソールと言うかつてインドの王国の中でかなり勢力を持っていた地域。

この土地では綿の栽培がおこなわれており、メイソールコットンと呼ばれています。

(原種綿かどうか正確には分かりませんでしたがそのようなお話しでした。)

サバンナ的な乾燥地帯をひた走り3時間。

メルコテは小高い丘の上の小さな古い町。

坂道の途中で長いおさげに花をつけた女性たちの群れ。礼拝の帰り道だったらしい。

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着きました!

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まずは「チャイorコーヒー?」→「コーヒーお願いします!」

コーヒー出てきました。パチパチパチ!

南インドコーヒー! ネスカフェじゃなくて!

けど、ミルクと砂糖はたっぷり。w

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ヤナパダ・セヴァ・トラストはガンジー思想に基づき60年前から引き継がれて来た社会的組織。

メルコテはインドの中でも古い聖地のひとつで、観光客も多数見かけましたが

決して全面的に観光に依存するような街ではなく、そのことがフロムバリの私には印象的でした。

……自立しているのです。

(ヤナパダのプロジェクトが貢献している部分は大きいのかもしれません。)

そのひとつは孤児の養子縁組です。

ここには孤児院があり、訪問した時には確か十数名の子供たちがいました。

生まれたばかりの赤ちゃんもいて、支援者からの寄付で良好な環境と施設の中で生活していました。

つい最近(当時)、一人の子供が海外の里親のところへ行ったばかりだと聞きました。

写真の門の中に孤児院と、そしてもう一つの社会事業のカディコットン生産で作られた布の在庫室があります。

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下の写真は、テキスタイル部の在庫室で買ったもの。

キッチンクロスのようなチェック柄。

あるだけ出してもらって品質を見て選ばせていただきました。

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館内の仕事場に掛けられていたマハトマガンジー。

亡くなった時に1枚のドーティとメガネと履物だけしかなかったという事から

カディコットンを扱う仕事場の多くでこの絵写真を見かけます。

西洋画のようでそうではない描き方にも惹かれます。

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縫製室。

織られた布でいろいろな商品を縫って販売しています。

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ミルクメーカーからの注文で、おじさんがつくったバッグなんだって。

フランスのクリームチーズ、「笑う赤い牛」のようなマークじゃありませんか?

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孤児院は写真不可だったのだったので載せられませんが、

LIONという映画(ご存知でしょうか?)の切なさを思い出して

インドの暗闇というか、見えないけれど実際にある断片を思うと

何か泣けてくるのでした。

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最初の、コーヒー頂いた場所に戻ってお昼をいただくことに。

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電線の向こうに見えるのがメルコテの遺跡。

写真の左側が孤児院&在庫室の敷地で右がその上の写真(扉の)建物です。

街の中心地ながらとてものんびりとした雰囲気の場所。

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お昼ごはん!

素朴でおいしかった!!

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午後は、そこから数キロ離れた布の工房を見学です。

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敷地は広くて、研修センターや宿泊施設も。

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経糸のセットをしていました。

生成のカディコットン。

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産地によってさまざまな巻き取り機。

作り方、使い方もさまざま。

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布のクオリティはこの仕事の質によってかなり決まってくる。

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使い込まれた道具たち。

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織機にセットされた図。

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茶綿を使っているものも。

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織姫が作業をしている。

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手紡ぎのせいか糸の不均一が味わいになって。

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糸巻、チャルカはガンジーさんの象徴でもあり、実際にインド各産地ではほぼ同じ形のものを見かける気がします。

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カーディの思想を忠実に受け継いでいるかのような、こんな無垢なコットンがサリーとして織られています。

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こちらは染場。染める前の糸と布。

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染められた糸。すべて天然染料によるもの。染料になる草木は敷地内でも栽培しているそう。

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案内いただいた後、

インスタにビデオを掲載するから何かしゃべってください、と唐突に言われて

口から出まかせでハッタリ英語でしゃべりましたが

あまりの恥ずかしさに自分でそのビデオを見ていません。

いや、ひどすぎて主宰者が消している可能性大。w

ただ、

ここにある布づくりの基本はかけがえが無い遺産だと思った事、

それをどのようなプロダクトに使うかを多くのデザイナーが知恵を絞っていくべき

未来につなげていけるようにと

しゃべった気がします。

旅の恥もかき捨てにできない、ネット時代の意外な落とし穴に遭遇。w

ちなみにこのヤナパダを主宰しているサントシュさんは、不在ながらも

リモートであれこれ手配してくれていて

ムンバイの行き帰りの列車から何度も連絡をくれて

ここで既にコロナ時代になっても全然大丈夫という予行練習が出来た気分でした。

「で、なぜにあなたは今ムンバイ?」→「娘がインド舞踏家でその舞台を見に行くので」→「はぁ?」→「すべてはスタッフに委任してあるから安心して来てください!」→「はぁ」→「あなたに会えなくて本当に残念!」

結果的に全部、サントシュさんの言葉通りでした。

経由地点はいろは坂でも、同じところに行きつく。

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次回もメルコテ続きます。

せっかくなので観光もしてみた編です。

 

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2021年3月20日 (土)

マニスの旅・2020年2月のインド その4

2020年2月のインドを1年後の今、回想しながらご報告しております。

少し間が空きましたが

引き続き「アーメダバードの旧市街界隈」です。

その3ではランチとミュージアムまでで、ばちっと切ってしまいましたが

ココから先が迷宮です。

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1年前の2月21日(金)午後。

グーグルでの位置情報とブローシャーのヘリテージ地区物件位置を照合しながら

歩き始める。

 

迷宮へのルートは

この昼食の場所へ向かう途中車から見た場所に戻る感じでした。

魅惑的な建築物とにぎわいの場所を通り抜けながら、

(車窓に目が張り付きそうになるくらいガン見して)

そのまま通過してしまうのはいつもの事。w

そんなに見たければ、タクシーに停まってもらえばよいことなのに

言葉を飲み込んでしまう自分がじれったい。

目的地がせめてその魅惑エリアからあまり遠くありませんようにと祈って

こうして歩いて散策できることになったというのは

もちろんただの偶然です。(笑)

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路地裏が好きな方には、そそられるかも。

私は昔ちょっとだけ住んでいたフランスの田舎町ですっかり路地裏好きとなりました。

スマホのバッテリーが残り少ない事を気にしながら、

撮った撮った。

見たものを覚えてはいないけれど、写真に写り込んでいるいろいろなものから

その瞬間がよみがえります。

ヘリテージ地区へ行く途中は

まっすぐの道を行かずにわき道を行ってみました。

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小さな公共エリアの前にあった壺たち。

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写真が暗いですが、いろいろな窓の形。集合住宅の均一ではない何か手作り感。

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看板が無ければイスラミックな遺跡みたいなアパート。

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普通にここで暮らしている人たちが、普通に歩いている。

マスクの前の時期。

その後どうなったかなぁ、と思います。

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インドではペットのように飼われているヤギも時々見かけられますけど

なかなかにいたずらっこ多し。

ヤギですからね。白ヤギさんでも黒ヤギさんでも責任など取らない人たちですからね。

この人は工事中の場所でケーブルに何かやらかしておりました。

ワンコになら世界中どこでも魔法をかけることができるけど、ヤギさんにはまだ修行が足りない私。

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一見几帳面に見えるスクーターの停め方には理由がありますね。

ラッシュアワーになれば1センチたりとも譲れないいろんな乗り物や人の往来があるはず。

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あら、目線付き。(笑)

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レンガ置いてる人は誰ですか??

その前にここは車は無理って感じですね。

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青いドラム缶は寒い季節に暖を取るものかしら? 

雨除けのシートやらエアコン室外機のフードやら、いろいろ突っ込みどころ満載ですが

こんなのびのびとした風景、コロナ時代の後にまた巡り合いたいものです。

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お互いに支え合うのが路地裏ね。(隣の外壁に依存してる。)

・・・・・・・・・・・・・・・

さて、路地裏を通り抜けここから先がヘリテージ地区。

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ハシゴor階段。中が気にな~る。

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タクシーから見た魅惑のエリアは、ここ! 旧市街のメインストリートでした。

多くは布やサリー、服の店。

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マネキンさんの上の扉に目が釘付け。電線があやとりみたいになっています!

横にも上にも目を引くものがいっぱい。

そういえば

インドではこうした繊維街みたいなのをよく見かけます。

そして大抵にぎわっている。

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ピーナッツいらんかね~、掛け声が歌のよう。

楽しそうに豆を炒りながら移動するピーナッツ売り。

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チャイハネもドンキも負けそうなにぎやかさのトリプル・ディスプレー!

あれ取って、とお客さんに求められどうするのかな~、と思ったら

長い竿出してきて取っていました。

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メインストリートからわき道に入った辺り。この辺りにも繊維関係が多かった。

ブローシャーの地図の物件は結構点在していて見切れなさそう、

グーグルのオフラインはバッテリー不足なのでそろそろ切って、あとは適当に歩く。

突き当りや片側クランクが多いけど、迷いだしたら逆行すればよい。

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ブローシャーに出ていた物件の一つ。

夜にしかオープンしないと書かれていた礼拝堂のような建物。

無色の装飾はヒンドゥのようなイスラームのような。

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ヘリテージ地区といっても全体にリノベされていて本当に古い建物は少なかったかも。

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世界一小さなカフェ、と呼びたい。

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別の路地に入ると、、

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やや壊れかけているようで生活感がある遺産。

この左側に更なるクランクがあるのだけど、もうそろそろ引き返さなくちゃ。

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さまざまな文化が取り込まれた感じ。

美しいです~。

・・・・・・・・・・・・

いつかまたアーメダバードに来ることがあったら

当初行こうとしていたアターラジの階段井戸の方も見に行ってみたい。

アーメダバードは2017年に町全体が世界遺産に登録されたそうで

ヘリテージ地区は街のあちこちにあるようで、

これまで何度も来ていながら全然出会っていなかったのが不思議。

そもそも、いつも布ばかり見ていて周りを見ていない!

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迷宮の入り口に戻ると、さとうきびジュース10ルピーにたくさんの人々。

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そろそろお暇です。

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歩いて戻る時間を逆算していたのだけど、そうだ、オートにも乗ってみよう!

ブイブイと走るとこがやっぱりマサラ。

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で、結果的に全然早くアガーシャに戻れてしまったので、

最後はチャイした。

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やれ、もう出発。何しろ24時間ちょっとの滞在、アーメダバード。

待たせていた車に乗り込み空港への道すがら、

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モディ大統領とトランプ大統領の看板がやたらに目につく。

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ドライバー氏に尋ね、ここで初めて気が付いたのですが、

数日後にトランプ大統領が米国からアーメダバードへ直接来るという。

モディ氏の出身地であるこの街に作られた国際仕様のスタジアムの竣工記念みたいなものに合わせ

来印。前日到着した時にはいなかったと思われる多数の警備警官。

良かった、重ならなくて。

お先に失礼します~。

・・・・・・・・・・・・

搭乗口手前。

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最後の写真はIndi Goエアの地上係員さんのコスチューム。

肩パットが入ったショートコートとハマトラっぽいニットが

最高にかわいいです。

機内のアテンダントはパンナム風のシャポーを乗っけていて

これもかわいいのです。

その前に、インディゴエアという社名にメロメロですよ。

・・・・・・・・・・・・・

さ、お次は初めてのカルナータカ州バンガロールへ。

 

 

 

 

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2021年3月 1日 (月)

マニスの旅・2020年2月のインド その3

昨年(2020年)のインドの旅日記、続行中です。

グジャラート州アーメダバードはガンジーアシュラムがある事で知られますが

現職モディ大統領の出身地でもあり、

記念として作られたスタジアムのオープニングに合わせて数日後

米大統領がアメリカから直接アーメダバードに入るという、

シャンパンが泡立つような時期だったかもしれません。

10年前とあるお店からの、そこから知り合った人からのご縁で

何度も通ったアーメダバードでしたが、

アトリエマニスはこの日残念ながら全面撤退でした。

その案件の為に苦心して差し込んだ1泊2日でしたが、

午前中の1時間ほどであっさり済んでしまい

夕方のフライトまで時間があるので

こんな時こそゆっくり贅沢にランチだ! と、ネットで調べて行ってみた。

お世話になっていた場所が旧市街の近くだったので、その界隈の。

……というのが迷宮の入り口で。

こんな場所があったとは!

(この先長くなりますので2回に分けますw)

・・・・・・・・・・・・

で、ネットから、

目的にピッタリな感じの場所が拾えたので歓喜して直行しました。

レストランというか、ホテルのカフェテリアです。

建物の横に後から作られたような感じのオープンスペース。

欧米人グループ、見るからに上流階級風のインドの人々がゆったりと会食中。

それよりもまず先に目についたのが

テーブルの呼び鈴!

(これは絶対使ってみたい。)

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厨房はオープンスペース。

スマホで写真撮るだけでも目線が来るなー♡

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キレイに手入れされているホテルのパティオ。

旧名はアガシエ(Agashiye)という名のホテルらしい。

※アガスティアと勘違いしていました。訂正しました。

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ベジタリアンのミールスを頼んでみました。

真鍮のプレート&小鉢はよく磨かれていて

いろどりも良くて

気分が上がります。

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このキュウリとコリアンダーとピーナッツのサラダは

マニスバリ・食品部ゲリラ弁当でも真似して何度か作りました。

これまでの中で最高のミールスでした。

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テーブルに置いてあったブローシャーを見ると、

ホテル主催のヘリテージ地区徒歩ツアーというのがあり、

また、館内にはオーナー一家が収集したラジャスターンのテキスタイル博物館もあるらしい。

お昼を食べたら近隣の階段井戸の遺跡でも見てみようかと思っていたけど

これでもう午後の予定は決まった!!

呼び鈴チャリン、として給仕に聞くと、ヘリテージ地区は比較的近くであることが分かり

ツアーじゃなくても行ってみることが出来そう。

旅先の、こういう出会いがしらの、行き当たりばったりには

ついつい期待かけすぎちゃうのが悪いところなのだけど、

すでに前のめり。(笑)←当時回想。

・・・・・・・・・・・・

心を落ち着かせなければ。

また呼び鈴チャリンして

南インドコーヒーというのがあったので頼んでみたら、

ネスカフェじゃないのが出てきて喜びの涙。

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まずはテキスタイルの博物館、見に行きます。

階段を上がったところから垣間見る吹き抜けのラウンジ。

インテリアに目が釘付け!

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吹き抜けスペースを利用したブランコ型のソファが素敵なうえ、

グリーンと白のラウンジソファの考え方も床の模様も

オセロ??

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館内撮影禁止だったのですが

ラバリ族の刺繍、絞り染め。ほか、手仕事がたくさん。

照明や展示の状態もキャリコミュージアムに比べて格段に良かったです。

併設のミュージアムショップの内容は、展示品レベルのものもあったりして

ドキドキしてしまいましたが、全部をゆっくり見て栄養補給して

手ぶらで去ることが出来たのは偉かった。w

そこで本気になって物色していたら、その後の時間が無かったことでしょう。

あぶない、あぶない。

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では、お次はヘリテージ地区。

結果的にここの訪問は

アーメダバートにはまた来たくてしょうがなくなるものでした!(笑)

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2021年2月26日 (金)

マニスの旅・2020年2月のインド その2

引き続き1年前のインドの旅日記です。

西ベンガル州・コルカタからフライトで

グジャラート州・アーメダバードへ移動。

インド上空って晴れていても結構揺れるので毎回寿命が縮まる思い。

そもそも、私のような貧弱な心臓の持ち主は飛行機自体が合わない。

自転車くらいがちょうどよい。

今、飛行機に全く乗らないばかりか列車にも乗らない1年が過ぎて

初めて昼間に眠くなったりして、何なら昼寝なんかもしている。

飛行機を乗り継いでわざわざリゾートに出向いて、こうしていたかったのにな、って

あれが出来る人たちがいつも羨ましかったです。

旅先ではちょっとの時間でもじっとしていられずに動いてしまうのはなぜ、と

いつも自分へ問いかけるも「性質(たち)」としか思えません。

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3日目。

2020年2月20日(木)。

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深い意味はありませんが、最初は同じ写真を貼ります。

1年前の今頃の事が写真のおかげで結構思い出せます。

この写真見て、そーそー、

この先は、荷物がなかなか出てこなかった!

と言うところまで(笑)。

1年かそこらですっかり変わっていたのは「壁紙」。

テーマパーク的神殿の再現でした。

写真で見ると本物感が出ますね!

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市民の皆さんは呆れながらも知っていました。

米大統領の寅さんがあと何日かでアーメダバードに来ることを。

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って、ちょうど呆れた感満載の写真も出てきて笑えます。

(実際は荷物待ちw)

そして、ガラス越しは神殿の庭?

どちらもフェイク。だけど、頑張った感。

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かっ飛ばすオートを追い抜くタクシーの車窓から。

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この橋、の下の川は、マハトマガンジーが

1滴の水も無駄にせずとアシュラムで語った聖なる土地です。

BGMにはブギウギを掛けてよ、ダーリン。

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独り言ばかりですみません。

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ホテルに着いて、これまたビックリするほどフェイクなので三重苦!

トリップアドバイザーの写真では、シンプルで落ち着いた印象だったのに。

それに、確か、エアコンか換気扇の音がすさまじく

全然落ち着かないし

まだ日も高いので

両替所を求めてグーグルマップのオフライン機能で彷徨うことに。

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アーメダバードは何度か来ているものの、街歩きはあまりしたことがありませんでした。

ホテルから出てたぶん数分のところで撮った上の写真は

よく見るといろいろな事がいっぱい。

自転車の手前の落ち葉を燃やした跡、大木の横に寝床なのかカウチなのか見まがうマットレスと枕。

幹には神様をおまつりしてある。

その横で目線が来ている人の姿。

自転車はこの方のもので、この方はここで寝泊まりと言うか暮らしているのかどうか、

今となっては知る由もなく。

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↑ お互いにもたれ合って立っている(建っている)。

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壁に喰い込んで立っている。その上をケーブルが。

ついでに看板はそこに掛けちゃう。

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グーグルマップの両替所、1か所目は閉まっていたので

2か所で閉店間際に滑り込み。

ぐるっと回って別の方角からホテルに戻る途中の幹線道路に面した住宅で

夕暮れ時、屋内から椅子を運び出してきて人々が集う。

客人なのかな。

階段が梯子みたいだな。

楽しそうだな~~~。

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続きます!

 

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